第3話 僧侶の信仰
転移装置で最初に移動したのは『教会の町』だった。僧侶ユーザの拠点となる街らしい。
「大きな聖堂ですね。この建物が街の中心でしょうか」
「ギルド施設としての役割があるのかもしれないな。パーティ拠点となる大小様々な教会もあるようだし」
「でも、それならなんで大聖堂の中に転移されなかったの?」
「グランドクエストの内容に関係あるのかなあ…」
転移場所は、なぜか大聖堂の入口の前だった。
「まあいいさ、早速入ってみよう。きっと多くの僧侶ユーザがいるだろう」
「…マキノ、お前嬉しそうだな」
「わざわざ僧侶を選ぶんだ、敬虔な人が多いに違いない」
「押しが弱い、とか失礼なこと思ってないか?」
「いやあ、ははは」
否定しないよ、こいつ。
「お姉様は誰に対しても優しいだけよ!」
「そうかそうか。失礼しまーす…。あれ、ひとりだけ?」
広い広い大聖堂の中では、僧侶ユーザがひとり熱心に祈っていた。
あ、老齢なおじいさんだ。アバターに細工していないとなると、珍しいな。MMORPGは若手ユーザが圧倒多数だ。
「おお…。まだこの街にユーザがいたのか…」
「ああいえ、俺達は…」
◇
「私はこの『事故』を、神が与えた休息日と思っておるのだよ」
「安息日、ですか。まあ、アレは信者が週1回必ず守る掟のようなものですが」
マキノ、よく知ってるな。えっと、サバト、だったっけ?
「若い日本人なのによく知ってるな。そうだな、本来は掟として守るべきものかもしれん」
「過激ですね…。リアルでも聖職者を?」
「いや、定年退職してだいぶ経った、ただの元サラリーマンだ。しかし、古い友人が敬虔な信者でな」
「それを思い出して、僧侶ユーザに?」
「孫に付き合ってログインしただけだがな。孫は剣士だったが、もうログアウトしているのだろうなあ」
旧来のMMORPGでは操作や表示が難しいが、VRなら体感的に楽しむことができるとのことで、冒険コースだけ付き合うことにしたらしい。2人分の利用料を払ったのがこの人、というのが涙を誘う。
「じゃあ、せっかく払った利用料がもったいないってことで?でも、今回は運営が保障するはずですよ」
「そうなんだが、もう少しゆっくりしてからにしようと思ってな。仕事を辞めても、現実世界は何かと慌ただしい。ひとり物思いにふけるのもいいものだ」
この人、辺境世界が向いているかもしれないな。ということで、辺境コースのことを教えてあげた。後で報告書を送るために、連絡先も交換した。
「ほう、仮想世界はゲームばかりではないのだな」
「ええ。いろいろなタイプのコースが運用されています。まあ、MMORPGが人気で圧倒多数ですが」
「それは、わかるな。現実世界では魔法は使えないからな。剣は乱暴すぎて好きになれんが」
カレンが『ごふっ』と変な声を出した。まあ、好みは人それぞれさ。
その後、僧侶ユーザの人からはゲーム内貨幣を少しもらった。相手はお礼のつもりだったけど…気にしなくていいと思うんだけどなあ。
「僧侶も魔法が使えるんですか?」
「私が『修得』したのは回復と召喚だな」
「召喚?どんなものを召喚する魔法ですか?」
「天使だな。パーティ全体に回復効果をもたらす。より大きな効果のある聖竜も試してみたかったが、私のレベルではできないようだ」
「聖竜か…」
「ユキヤ、興味があるのかい?」
「ちょっとね。MP無限ならできるかな?」
興味がわいたので、聖竜の呪文スクロールをもらい、外に出て『詠唱』してみた。戦闘用だから呪文はそれほど長くはないが、一通り読み上げるのに数十秒かかった。実際の戦闘で使うにはアイテム化が必要かな、こりゃ。
「おお…。壮観だな」
「大きくて神々しいですけど、威圧感はありませんね。神の使い、だからでしょうか」
「そうだなあ…」
出現した魔法陣から上空に現れた巨大な竜は、羽をゆっくり扇いだかと思うと柔らかい光を俺達に放ち、そして消えていった。
「俺達はHPバーに変化がないから、効果はよくわからないな。でもまあ、キレイだった」
「そうね。お試しコースでは、世界のあちこちで『黒竜』が炎を吐きまくっていたけど」
「あいつみたいなのは結構いるってことか…」
あらためて冒険コースを始めるなら、俺は僧侶ユーザかな。マキノが魔道士でカレンが剣士。重複しなくていいかもしれない。
「最後にいいものが見れた…。ありがとう」
「え、ログアウトするんですか?」
「ああ。孫も待っているだろうしな。私は、君達に会うために祈っていたのかもしれん」
別れの挨拶を言い、僧侶ユーザは消えていった。
「結局、この街にはあの人しかいなかったようだな。聖竜とか召喚しても誰も出てこない」
「そうみたいだな。次の街に向かうか?それとも、周辺の街道を散策してみるか?」
「…この街で少し休むか?休息は必要ってことで」
「確かに、そう急ぐ必要はないですもんね」
んー、あの僧侶ユーザに感化されたかな。
「ごはんー、めしー、マンガ肉ー!」
「はー、ゲーム内貨幣をもらっておいてよかったよ…」
心安らかに、とはいかないようだ。
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