第6話 カレン、そして、ユキヤ
「でもさ、それって家出になってる?親御さんからしたらせいぜい10分だよ?」
「そんなこと言っても帰らないわよ」
「いや、俺は別にいいけどさ…」
11月になり、そろそろ肌寒くなってきた…ような雰囲気になってきた辺境世界。ひとりの女の子がふらっとやってきた。アバター名はカレン。中2らしい。
サトミと同じタイプかな、と思ったら、親とケンカして家出してきたとかで、浜辺に体育座りしてずっと海を見ている。もう3日目だ。
「お金があったら、もっと長くダイブできるサービスを使ったのに…」
「それでも『宇宙開拓』コースで現実世界3時間だな。それ以上の連続接続は禁止されている」
「そんなことわかってるわよ。だから、せめて仮想的には一番長くいられるここにしたんじゃない」
「だから、それは家出になるのかと…」
ふと、10年間家出してたけどタイムマシンで戻ったというマンガのエピソードを思い出した。本人の気持ちの問題ということか?
◇
いつまでも海を見ているカレンに、街から持ってきたオレンジジュースを渡す。俺はコーヒーだ。相変わらず、この2つしか飲み物は見つからない。
「あたし、歌手になりたいのよね」
「はあ…。スカウトされたとか?」
「うん」
「え、ホントに!?」
「適当に言ってたのね…。これ、名刺の画像」
あれ、この事務所って…。
「社長さんにも会ったけど、本格的に話を進めるには保護者の同意が必要だって」
「で、芸能界入りに反対されたと」
「ううん、それは賛成してくれたわ」
「へ?じゃあ、なんでケンカ?」
「別の事務所にしなさいって」
「えっと…もしかして、親御さんも芸能人?」
「うん。パパは」
「あ、いいです」
今聞いたらマズい気がする。
「スカウトされた事務所にね、憧れている人がいるのよ」
「その人にも会ったの?」
「うん。来てくれたら嬉しい、と言われた」
「へえ。…あのさ、『カレン』ってもしかして」
「わかった?私のアバター名はその人の名前。アバター自体は私の身体情報からだけど」
アバター名は、言わば『表示名』だ。ログイン名と異なり、他のユーザと重複しても構わない。通常は、仮想世界内でどう呼んでほしいかで決める。
「牧野かあ。あいつも有名になったものだよな」
「…どういう意味?」
「中学の時のクラスメート」
「…ちょっとまって、あなたもしかして『霧島雪夜』!?」
「うん、まあ」
◇
普段は工業系の大学生だが、ごくたまに、趣味と実益を兼ねて作詞作曲なんぞをやっている。
きっかけは、中学の文化祭でのライブ演奏。クラスメートの有志でバンドを組んだのだが、担任が『文化祭といえど無断カバーはいかん』と、オリジナル曲を求めてきた。今思うと、著作権絡みで何かトラブルがあったのかもしれない。
俺はもともと有志ではなかったが、昔ピアノを習っていたことと、DTMをちょっといじっていたことから、作曲を頼まれた。ボーカルの『牧野華恋』に。同じピアノ塾に通っていたからバレていたのだ。
結局、作曲のために作詞も俺が担当し、あらためてキーボードとしてバンドに参加することになった。結果、大成功。
「あのライブ映像は、今でも時々見てるわ。同じくらいの年齢で、ここまでできるんだなって」
「ビギナーズラックもあったと思うよ。俺以外は割とノリノリだったし」
当日の演奏は、他のクラスメートによって携帯端末でビデオ撮影され、その場でネットに公開された。数日後、担任が気づいて肖像権がー、プライバシーがーと騒いで非公開となったが、件の事務所が目をつけた後だった。
妥協案として、先の映像は本人とその保護者、学校側の同意によって事務所が管理することになり、PVのひとつとしてあらためて公開された。
「なぜあなたはデビューしなかったの?」
「もともとメンバーじゃなかったからね。DTMの方に興味があっただけだし」
その後、DTMを実現する仕組みそのものに関心が移り、工学・工業分野を専攻として選ぶに至る。
作詞作曲は、たまたま思いついた時に書いて事務所に送っているだけだ。全てが牧野達の楽曲に採用されるわけではない。タクトさんのように本職にはできないだろう。
◇
「ねえ、これから歌ってみるから、感想を聞かせて。『あの曲』ならよく覚えているから」
「それはいいけど…牧野のように歌おうとはするなよ?」
「え?なんで?」
「牧野は、他の誰かのように歌ったわけじゃないってことさ」
「…そっかー。もしかして、それに気づいてパパは反対したのかな」
再現率の高いアバターから聞こえたカレンの声は、それはそれは澄んでいた。牧野はちょっと力強い感じがあるのだけれども。吹っ切れたのだろうか。
「パパと話し合ってみる。ありがとう!」
そう言って、明るい表情で帰っていった。結局、あの子も数日程度の滞在だったか。
そういえば、連絡先を聞くのを忘れていた。あの様子だと、牧野経由で連絡が来るかもしれないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます