第7話 サトミ、マリナ(前編)
「ユキヤさん!」
「サトミ!?どうして!?」
「よかったー、まだログアウトしてなくて」
12月も中旬になり、延長された翌年1月分をどうしようかと考えていた頃だった。
「店員さんが、接続を間違えたお詫びにって、もう一度お試しコース使えるようにしてくれたんです」
「へー、あれって購入前の1回だけの無料サービスなのにね。…あ、もしかして」
「はい、あの後フルダイブ端末を購入しました。なので、今は自宅の部屋からです」
「購入特典を兼ねているようなものかあ」
そうか、いくら現実世界が短いといっても、サトミがログアウトしてから1時間半は経っているのか。
「端末を買って家に戻ったらユキヤさんからメッセージが入っていて、急いで設定したんです。間に合って良かったです!」
それなら、もともと接続する予定だったサービスを使ってみた方が良かったのでは…などと心にもないことは言わない。また会いに来てくれたのは単純に嬉しい。体感的に約8か月ぶりだし。
「…ねえ、そろそろあたしを無視するのはやめてくれない?」
「あ、ごめん、マリちゃん」
「ここで何があったか、きっちり教えてもらうわよ?」
◇
アバター名はマリナ。サトミと一緒に『冒険』世界にダイブしたつもりがサトミはおらず、2時間ほど都市エリアを探し回ったが見つからなかったため、有効期限前にログアウトしたらしい。といっても、この場合は残り3時間程度だったが。
「そしたら、サトミは『辺境』世界に飛ばされてまだ戻らないっていうじゃない。時計の秒表示を見ながらハラハラしたのなんて初めてだったわよ」
結局マリナも端末を購入したのだが、『あたしもろくに使えなかったんだから』と、同じく家でお試しコースを使えるようにしてもらったらしい。強引だなあ、おい。
「家に帰ってサトミに連絡したら、これからまたすぐに辺境にダイブするって聞いてびっくりしたわよ。えーと、ユキヤさん?」
「あ、ああ。よろしく、マリナ」
「ふーん…」
こ、このパターンは、お約束の…。
「…サトミって、こんなに積極的に動くような娘じゃなかったんですけどねえ。ユキヤさん、何をしたんですか?」
「い、いや、これといって特に何も…」
「マリちゃん、ユキヤさんに失礼だよ!」
「あのねえ、あれほど大人しかったアンタが、たった数分で男にそんな反応をするようになったらそりゃ心配するわよ!」
確かに、サトミって会ったばかりの時は少し大人しかったよな…。って、今はそれじゃなくて。
「数分って、こっちでは約1か月だからさ。その間仲良くしてたら…」
「仲良く!?1か月もの間!?ホントに何してたのよ!」
マリナはやっぱり『小姑タイプの親友』だった。いや、女子高生が見知らぬ男子大学生に示す反応としては、こっちの方が普通か。
「とにかく、今度はあたしがサトミとずっと一緒にいるからね!何かあったらすぐに連れ帰るから!」
◇
「あはははは!おもしろーい!」
川を上流に向かって逆走するように泳ぐマリナ。ものすごい勢いだから川の魚も…あ、映像か。
「まさか、たった1時間かそこらでこうも馴染むとは…」
「マリちゃん、アウトドア派だから…。学校行事ではいつもクラスのリーダーとして活躍してます」
「じゃあ、クラス代表も?」
「いえ、それは私が…」
「なるほど…」
そんな俺達は泳ぐマリナを横目に、これまで伐採して作った薪を組み上げていた。雪は降らないとはいえ12月の季節ということで、クリスマス行事みたいなことができないかと思って準備しているのだ。
…そう。マリナはこの冷たい雰囲気の中、森の川で泳いでいるのだ。あの不具合も、本人が気にしなければ関係ないし。
「チユリさんが見たらうんざりするだろうな…」
「…この世界で出会った人ですか?」
「う、うん、夫婦で来てね。2週間ほどいちゃいちゃして帰っていった」
「そうですかー。…ふふ」
「なに?」
「この世界ってカップル向きかもしれませんね。ふたりでゆっくりできそうで」
「いやあ、どうかなあ。その夫婦もそうだったけど、別の御年配の夫婦は…」
話したいことがたくさんあるなー。思えばこの1年くらいの間、あれこれ試しただけじゃなく、いろんな人に会った。愉快な人にも残念な人にも。
…でも、カレンのことだけはサトミに話さない方がいいような気がする。なんとなく。
◇
「あーきーたー。海行こ海!」
「手伝わないならひとりで行ってこいよ…」
何日かかけて薪を街の中央広場に移動させ、少しずつ乗せていく。木全体を持ってくることはできないため、末広がりで木のように高く薪を積み上げているのだ。
しかし、もともとこのような使い方を想定していないため、バランス調整が難しい。強い風が吹かないのはありがたいが。
「あたしはサトミと一緒にいるって言ったでしょ!何時間もふたりっきりにはさせないわよ!」
「いまさらなんだけどなあ。っていうかマリナ、君は泳いでいる時こっち全く見てなかったよね」
「近くにいるのが重要なの!」
もしかして、ぼっちがイヤなのかな?
「…ユキヤさん、マリちゃんとだいぶ仲良くなりましたね…」
「え、今の仲いいように見えた?」
あまりにうるさいので、とりあえずマリナには妖精アバターへの切替方法を教えた。ずっと飛んでれば邪魔もしないだろうと思っていたのだが。
「わー、どいてどいてー!」
顔に突っ込んできやがった。強制ログアウトされなくてよかった…。薪だけは崩さないでくれよー。サトミが泣くぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます