第3話 初出動

 治安維持のための怪異的な人外生命体の破壊工作防止活動における戦隊編成および活動に関する法律__通称、戦隊ヒーロー法によると、怪人とは、人間及びその他生物学上の生命体以外の外観を有し、悪行とは刑法またはその特別法に該当する行為である。

 要するに、犯罪行為の構成要件に該当したら、人間なら警察が、怪人なら戦隊ヒーローが、これを罰するということだ。

 民間の団体である戦隊は、常に必要な人員がいるとは限らない。単独で悪さをする怪人__通称、ピン怪人を懲らしめて、ポイントを稼ぎ、悪の組織を専属で戦えるように、協会からお仕事を回してもらう必要があった。

 そうなると、ものを言うのが情報力である。早めに怪人を発見して、対処に当たることが出来れば、それがステータスになる。戦隊の発起人は法人もその資格がある。警備会社や探偵社は特に有利とされる。また、ウェブカメラのメーカーや保守業者への注文は上昇傾向に在り、通信事業者にとって、新たなる需要を呼び込むことになったのである。


 そんな折、一人の怪人が街に姿を現した。

 ゴキブリを思わせるフォルムだった。

 怪人は、自分の名前を語らない。だから、人々は便宜的に呼び名をつける。

 このゴキブリのような怪人には、マーシーGと呼び名が与えられた。

 マーシーGの前に、三人の戦士が現れた。



「不変なる知性は誠実のしるし。ブルーヒアシンス」

「あなただけを見つめてる。ひたむきな心は愛慕の心。イエローサンフラワー」

「いつも願うは平和の二文字。グリーンマグワード」


 ヒーロースーツに身を包んだ男女が銘々に口上を叫ぶ。


「百花繚乱フラワーコマンダー!!」


 ドカーンと効果音の一つでも鳴ったのなら、迫力が増したと思われる。三人の戦隊ヒーローが過去、存在しないわけではないが、人数の問題なのか、凄みに欠ける。赤色を欠くなど配色が偏っているからかもしれない。

 マーシーGは、逃げ切れると踏んでいた。


「草汰君。早速、いきたまえ」

「え?信夫さんこそ、決めてきて下さいよ」

「んん?新入りの君に、せっかく、手柄を立てさせてあげようという僕の親切心が分からないのかい?」

「ハァ?どうせ、俺がやられている隙に、美味しいところを持っていくつもりなんすよね?考えていること、バレバレッす」


 青と緑はこんな調子だったから、マーシーGは、あながち、間違ってはいない。


「私、行きます」


 イエロー__葵が、二の足を踏む男たちを差し置いて、果敢にも突進していった。


「え?」

「あっ…」

「チョッ…」


 咄嗟のことで、マーシーGは反応が遅れ、一瞬、後退しようとして、足がもつれ、うつぶせに倒れた。イエローが馬乗りになり、プロレスの関節技の一つである駱駝固めキャメルクラッチを仕掛けていた。


「痛い、痛い、痛い! 止めてくれ!」


 情けない声を出すマーシーG。


「もう悪いことをしないと誓いますか?」

「ヤダ!断る」

「だったら、私は攻撃をやめません」

「ギャア!」


 あんまり、強くない怪人だったか。だったら、突進してキメてくればよかったかな、とグリーンになっている草汰は思った。


「もう二度と、女性の下着を盗撮しないと誓えますか?」

「できない相談だ」

「この女の敵!」

「イダダダダ!!」


 ここで草汰は、違和感を感じた。青のマスクを被った信夫も、気付き初めていた。

 キャメルクラッチは技を掛けるときに、腕をロックしておくと、抜け出すことが難しくなる。葵はこれを行っていないので、抜け出すことは容易なはずだが、マーシーGは抜け出す素振りもない。

「まさか…」

 二人は改めて体勢に注目する。体格差があるためか、葵はマーシーGの顎を掴むと言うよりも、抱き締めるといった方が近い。

 マーシーGは、葵の胸の感触を堪能できる状態にあったのだ。


「ご褒美じゃねえか!!」


 二人は即座に突進していった。


「男に用はナッシング」

 マーシーGは、腕が自由に動くことを確認して、葵のヒップを撫でた。

「キャッ」

 技を掛ける力が緩んだのを確認して、マーシーGは悠々と抜け出した。

 そして、その場から立ち去ろうとするが、ブルーが退路を断つ位置にいた。後方からはグリーンが迫ってくる。

「おい。ゴキブリの怪人」

 普段の信夫からは想像がつかないほどの、驚くほどの低く冷たい声。

「貴様に相応しい呼び名を与えてやろう。外道の輩が」

 ブルーは、剣を片手に、少しずつ間合いを詰める。

「行くぞ」

 それが口火になった。


 ドガッ。バキッ。グシャッ。

 見事な攻撃だった。

 三連続の攻撃の後、信夫__ブルーヒアシンスは__。


「お、おい…マジかよ」


 地面に伏していた。


「弱すぎィ!」


 見事なまでに、カウンターを喰らい続けていたのだった。


「信夫。あんた、どういうこったよ。ここは、キメるところじゃねえの?」

「フッ。僕は天才だ。頭脳労働がメインだからね、こういう肉弾戦は苦手なんだ」

「じゃあ、もう、ヒーロー止めろ!」

「まったく、あんたら、だらしないわねぇ」

 なんと、戦いの場に、後方支援であるはずの大家さんがやって来た。

「た、大佐!」

「大家さん!」

「あんたら、ここは戦場よ。今はあたしのことは、長官と呼びなさい!」

 今は、その呼び名は、本当にどうでもいいことだった。

「なんだぁ?このおばちゃん。すっこんでいろよ、戦闘の邪魔だからさ」

 その一言が余計だった。

「うっさいのよ、あんた!」

 それは、見事なボディブローだった。

「ガフッ」

 マーシーGは、その場に倒れた。

「さっきから言っているでしょうに。長官と呼べって」


 かくして、初陣は長官である大家さんの乱入によって、幕を閉じた。


 イエローはセクハラを受けただけ、ブルーは殴られただけ。そして、グリーンは__。

「俺、何にもやってねえじゃん」

 大した見せ場もなく、終わった。

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