第2話 長官は大家さん

 街中で偶然出会ったおばちゃんに連れられて向かったのは、都会から外れた場所だった。閑静な住宅街というわけでもなく、町の外れの一軒家だった。

 年数はかなり経過しているだろうが、掃除は行き届いており、悪いところではないと言うのが草汰の第一印象だ。

「おあがんなさい」

「は、ハア…」

 本日、二回目の溜め息。草汰は考える。

 お菓子の家に招かれたヘンゼルとグレーテルもこんな心境だったのか、と。

「今、帰ったわよ」

 他に誰か住んでいるのだろうか。丹那さんか、娘さんか。息子夫婦という可能性も考えたが、そこまで歳を取ってはいないなとそっての選択肢は唾棄だきした。

「おかえりなさい」

 おばちゃんを迎えたのは、青年だった。しかも、イケメンときたものだ。まさか、若い燕を云々…なんてことはないよな、と思いながら、背中が微かに汗ばむのを感じた。

「帰ったわよ。しのぶ君」

「おかえりなさい。《大佐》」

 しのぶというのが青年の名か。だが、次のその「しのぶ」の言葉に、ギョッとする。

「ここで、その呼び名は止めなさい。大家さんでいいわよ」

 このおばちゃん、一体、何物だよ。

「ところで、大家さんが連れてきたそちらの少年はどちら様ですか?」

「ああ、この子ね」

 おばちゃんは、草汰を横目で見やる。

「街でスカウトしてきたのよ。うちの戦隊に誘おうとしてね」

 戦隊の話は間違いないようだ。草汰は遂に自分も憧れのヒーローになれると息巻いた。

「名前はポチ。よろしくね」

「俺、そんなん名前、ちゃいます!」

 草汰は似非えせ関西弁を使って、犬のように吠えた。



 草汰は、リビングルームに通された。

 テーブルの上には、クッキーとお煎餅、そして、湯呑みに入ったお茶が並ぶ。

「僕の名前は、風見信夫しのぶだ」

「どもっす。俺、蓬田草汰っていいます」

 「ポチ」じゃありませんからね。言外にそんな思いを込めておく。

「よろしくお願いします。信夫さん」

「そんなに畏まらなくていいよ。もっと、フランクに呼んでくれていい。天才ジーニアス信夫とか、大天才シノブエルとか」

 余計な修飾語が着いたんですけど。

「信夫君はH大学に籍を置いているから」

 その大学の名は知っている。超難関の一流大学の名だ。滑り止めの大学をことごとく滑り散らした自分とは大違いの境遇だ。またしても、「ハァ」と溜め息をつく。



 草汰がおばちゃんの一軒家に下宿を始めたのは、それから、三日後のことである。入隊の条件が住み込みをすることだったからだ。

 ルームシェアというやつかと草汰が語ると、天才たる信夫は「むしろ、シェアハウスといった方が適切だね。イギリスでは、シェアホームというが」と、頼んでもいないのに、ありがたい注釈をつけてくれた。

 とりわけ、草汰が一番懸念していた両親の説得はすんなりと通った。本命校への入学の合否は未確定だが、浪人という肩書きよりはマシと考えたのかもしれないし、戦隊への入隊は特殊技能がない者には狭き門なので、賞賛する気持ちがあったのかもしれない。

 草汰からすれば、一年間を肩身の狭い思いをして、両親と顔を合わせないで済むのと、親許を離れての生活に憧れていたので、利害関係が一致したということでもある。

 そして、何より、草汰にとって、収穫だったのは、もう一人の同居人の存在だった。

「蓬田さんと仰るのですね」

「そ、草汰でいいよ。同い年だろ」

 言動や服装の傾向から良いところのお嬢様だと判る彼女は、これから、戦いに身を投じようとする草汰からすれば、青春を捧げるに相応しい人だった。

「だったら、私も葵でいいです」

 日向葵ひむかいあおい__それが、思い人の名前だった。

 愛くるしい大きな瞳。ふっくらした可愛らしいほっぺた。ぽってりした形の良い唇。軽くウェーブがかった巻き毛。そして、低身長ながら、大きめの胸。

 ストライクど真ん中。モロに好みのタイプだった。

 これは、恋愛フラグという奴ではないだろうか。戦いが激化すれば、吊り橋効果なるもので、一気に距離が縮まるのではないか。甘い考えが脳裏によぎる。

 草汰は、やや自画自賛が入るが、決して悪い顔立ちではない。染めた髪、一重まぶた。見た目、少し不良に見えなくもない。不良少年とお嬢様は王道のカップリングと言えないだろうか。イケる!__草汰は確信した。根拠はなし。ソースは自分の直感のみ。

 そんな草汰の態度は、第三者には、分かってしまうもので。

「草汰君。君、葵ちゃんのこと、チラチラ見てたでしょ」

「み、見てねえよ」

「嘘つかなくていいよ。絶対、見てたよね」

 信夫が絡んできた。壊滅的にウザい。

「なんで、見る必要あるんだよ」

「そんなの僕の口から言わせたいのかい?天才の僕にしかできないプロファイリングによると、君は葵ちゃんに惚れているね」

「そうね」

 大家さんまで便乗してきた。

「どうだい?名推理だろう」

 信夫は、端正な顔に、下卑た笑いを浮かべて、ニヤニヤと草汰を見ていた。

 下衆げすい!__今度からこいつのことは、ゲスの極み風間と呼ぼう。


 草汰は忘れている。

 今後、自分たちが戦うべき敵こそ、本当の意味で、下衆の極みだということに。

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