第5話 死ななかった意味がない

 集まったのは憲兵であった。


 もしそんな部屋があったならば、おおよその人々は殺伐とした部屋を思い浮かべるかもしれない。常に犯罪に対して目を光らせているのが憲兵の仕事だ。ましてや各地で暴動が頻発しているのだから、なるほど、その予想は当然と言えば当然だ。

 だが必ずしも、殺気立った眼差しで侃々諤々の会議を憲兵全員がしているかといえば、そうではない。とりわけ、ここ“総務課”は、資材調達や各方面の隊の予算くみ上げをまとめたりと、前線にいる時間より室内にいる時間の方が多い。


 私は先日のスピーチから、中年の憲兵たちに「若いのにしっかりしてるなぁ」とか、「思ったよりまともじゃないか」なんて言われたりした。それはそうだ。共有できる正しいことをのみ選んで言ったのだから。不思議な縁の巡り会わせか、暴徒のエースの私にかけられた言葉は、かつて私が少佐に言った内容と同じだった。

 だが、言いたいことのすべてを言わなかったというのは、気を使っているということだ。私は一番言いたかった「私は正当な行動をした」という肝心な主張を、未だ喉の下に置いている。結局の所、私は公務員という職業になってからも、その心は革命派の中に置いてきていたのだ。


 だから私は、いつまでたっても憲兵にとって敵であり続けるのだろう。目の前にいる反乱分子を見抜けず、「期待している」と言われる度に、お前はもっとしっかりしてくれ、と思わざるをえない。とりわけ私のデスクの一番近くにいるこいつには。

 そいつは名をスズ・エスパニィという。体格は相当小柄で、どう見ても高校を卒業したての庶務OLにしか見えなかったが、階級は少尉だ。下士官ではなく将校ということは、4年制の士官学校を卒業しているため、酒は飲める年なのだろう。聞くところによれば、少佐の学校時代の後輩で、今でも相当親しいらしい。


 以前、私は少佐の事を表すために「女憲兵」という表現を多用した。それに腹を立てたフェミニストがいるのなら謝るが、それは、この業界がまだまだ男の現場だからだ。外回り組がいなくなる日中には、もう女は私と彼女しかいなくなってしまう。少佐もそうだったが、妙齢の女性が目を引くのは仕方のないことだ。

 しかし、こいつの目につく所以は、見た目の幼さだとか、可愛らしさからかけ離れた、あからさまに大きい態度だった。欠勤や遅刻こそないものの、一日の始まりからだらだらしているし、椅子には常に浅く腰掛けている。

 こいつはそんなに仕事ができるのかと言えば、そうではない。実力があまり感じられない。一応、武器・弾薬管理主任という肩書になっているが、何がどれくらい必要かは現場が決め、それに応じて機材を充てるのは倉庫が責任を持ち、その間の輸送はオート化されている、ということだ。したがって、管理主任の仕事とは、コンピュータに表示される数字に異常がないか見張る事と、回ってきた書類にハンコを押す事だけらしい。主任と言えば聞こえはいいが、中堅たちが誰もやりたがらない窓際業務だ。

 みんな外に目を向けているからか、それともやりたくない事をやってくれている事への敬意か、誰もこいつに喝を入れようとはしなかった。


「何故、あなたは革命側につこうと思ったの?」

思い返せばこの質問は、彼女から受けたものだった。スピーチの直後である。ずけずけと私の中に入ってくるような、遠慮のない態度だった。これは恐らくその場にいた全員の代表的質問だっただろうし、私は例の如くの心境だったので、その時は失礼だと思わなかった。

「私が、現在の行政がイカサマをしている証拠を持っているからだよ。」

そう笑顔で返した。それは厳格には「何故法を破ってまで革命をするのか」の答えには決してなっていなかったが、

「ふうん、そうなんですか。」

そう言って、彼女はあっさりと引き下がった。怖い目をしていた政敵たちも、それ以上は追い詰めてこなかった。

 私は意外に思ったが、思いあぐねても、こいつが何を考え、どこまで私の素性を把握したかは分からないことだ。私はそこで考えるのをやめていた。

 しかし、今ならこう考える。

(もしこいつが馬鹿なら…そこで追究をやめたのが馬鹿だからなら…こいつが流出元になるんじゃないか…)

 この望みはあまりに希望的観測のため、もっと長期的な観察を要するだろう。



 検察からの事情聴取に業務的に応じ、執行猶予の説明と、自分の裁判の概要とを聞き、正午を挟んで、更に私は他の憲兵たちから質問攻めに合うことになる。会議室では勤務初日にいた憲兵、いない憲兵などを合わせて、数名から尋ねられた。有象無象が一通り名前と役職を明かし、自己紹介を済ませた。

 面白いことに、留置所~執務室の間を一緒に移動した口髭のオッサンもいた。シュナウザー大尉といい、偉そうな言動が鼻についたが、実際偉いのであった。私の司法取引の話は公に大きくしてもいい類のものではないため、ただのしたっぱに私の送迎を任せていいのかは微妙な所だろう。それよりも、少佐は信頼できる部下を選んだ。この男と少佐との関係は、所見の私が保証できるほど、結構見ごたえのあるものだ。あの時も、上司の為に仕事の時間を割いてくれたのだろう。そんなシュナウザー大尉が中心となって、質問会は開かれた。


「まず、あなたの“元居た”組織の人員の、全容を把握したい。」

「さあ、本当の事を答えるか分からんぞ?」

無駄にとぼけるが、周りは知らん顔。

「そんなことは承知の上だ。まず、部隊の代表、首謀者は……Mだな?」

よく知っている名前が出た。私自身はあまり尊敬していなかったが、かと言ってわざわざ私達のために組織を組み立ててくれたのだから、消極的な好感はあった。まわりに合わせて師と仰いでいる。

「そうだな、それがどうした?」

「私達がお前に聞きたいのは、その先に控えている、次の権力者だ。」

「例えば、このAとか、」

別の憲兵が、透明なファイルから画像を取り出し、追って質問した。そこには有名で顔は知っているが、あまり部隊とは縁の疎い、とある活動家が映っていた。

「…こいつについては詳しくない。組織とは独立した行動が多すぎたからだな。皆冷めていたと思うぞ。」

「組織内での期待値は高くないと。」

頷く。ここに関しては別に嘘ではない。ただ、こうやって絞り込み作業の中に入ってきたということは、こいつを有力視する言説があるのだろう。

「今、逮捕された私のぶ……元部方達や、他の奴らからも聞いているんだろう?そいつらが今の奴を挙げたのか?」

「いや、そうでもないよ。じゃあ、こいつは?君の元上司らしいじゃないか。」

「…!…さあ、どうだろう。」

私の質問は軽くあしらいながら、致命的な顔写真を出してきた。上司も上司、私が組織で最も尊敬している存在を聞いてきた。顔では完璧に平静を保つが、声はそうはいかなかった。

「その反応を見れば、やっぱり思い入れは消えていないんだな…ブルーハンに。」

その場にいた奴らは、なんとも言えない表情をした。半分笑いながら、半分残念そうな、正反対の感情を映し出した。


 端的に表すなら、それは軽蔑だろう。こいつらは私を半分しか信用していなかった。私が裏切った時のリスクを恐れ、肩入れしようとしていなかったのだ。それは勿論それが正解。私が保証しよう。

 ただ、私が抱いたのは、重ねた焦りでもなければ恥ずかしさでもなく、瞬間的な苛立ちだった。「やっぱりな」、そう思われたことが純粋に悔しかった。もし私が、前にも後にも法を犯していなかったならば、今くらいの動揺では、不審がって更に追究を重ねるくらいだろう。しかし、しかしである。こいつらから見た私の身分とは、依然として犯罪者であり、「信用はしなくて当然」というものだった。

 死んでいてもおかしくない身だというのは分かっている。しかし、これでは「死ななかった意味がない」。生き恥だ。加えて、頼み込んで生かしてもらった訳ではない。そっちが協力を要請したということを忘れてもらっては困るのだ。そんな態度を取られたなら、私はこれ以上協力する義理がない。

 刹那、私の脳裏に、あのふてぶてしい娘の姿が思い出された。


「ブルーハン氏に思い入れが無い、と言えば嘘になることは認めよう。しかし、彼の求心力は組織内において局地的なものだ。実際に組織の中で影響力を発揮しているのはMで間違いない。Mが倒れた後にはブルーハンがトップを握る可能性はままあるだろうが、Mとの差は大きなものだ。クーデターを起こしても戦局は翻らない。今の所、可能性はゼロパーセントだ。」

一呼吸置いて、あえて私は馬鹿みたいに丁寧に、客観的に述べた。感情がこもっていない会話は、事実の羅列に過ぎない。つまり、ここで感情が籠っていないということが、どういうことなのか、彼らは察した。

「あぁ、…次の質問に移る。」

(謝らないのか…)

「ブルーハンの他に同じくらいの実力を持った幹部が何人かいるだろう…?そうそう、二人だ。」

「その2者は加盟時期こそ古いものの、軍事面であまり目立った活躍はしていない。例え片方が臨時で代表になったとしても、すぐにブルーハン氏が選出されるだろう。もっとも、その短い期間で革命部隊がどこかの蜂起で快勝すれば話は別だが。」

「なるほど。」

ああもう、普通に正確な情報を喋ってしまっているではないか。仕方ない。相手は予習として、充分すぎるほど大量に、逮捕者から情報を仕入れてきている。情報収集力で相手にアドバンテージを許しているのだから、必然的にこちらは後手になる。

 自分で自分が忌々しく、脇に目をそらした。会議室の蛍光灯はちらちらと弱い光で、折り畳みのテーブルを照らしていた。光は白くて弱く、ブラインドの隙間から入ってくる黄色い日光に負けそうになっている。その割に、テーブルの木目はやや赤っぽく見えた。

 私の鬱々とした感情を無視して、憲兵たちは何やらごにょごにょ話し合っている。

 そしてテーブルの上に、最初の活動家を含めて、今は合計5枚の革命派首謀の写真が挙げられているのを見た。そういえば赤い木目で思い出したが、『赤土の荒野』で生き別れた上官は――ブルーハン上官は――無事なのだろうか。

 私を出世させた上官は、私の誰の目にも見える急速な昇格で、今も私を殺さず、生かしてくれている。それでもあの方は、「お前が高い実力を持っているからこそ、スカウトされたのだ。」なんて仰ってくれるのだろう。

そんなことを考えれば、情報の焦点を拡散すべきだ。いや、させなければならないのだ!このまま放置すれば、まず間違いなく上官は最高レベルで警戒され、その命が危ういのである。私はそれを回避させることが可能な位置にいるのだ。

「あの、私からもききたい…」

「ふむ、いい時間だ。そろそろ今日の勉強会は終わりにさせて頂こう。よろしいかな?ハウンティ顧問…」


 なんと残酷なことだろうか、時間がやってきたらしい。部屋の時計を見ると、会議の開始から一時間が経っていた。この衝撃は並の物ではなく、すべての感覚が遠のくようだった。とりあえず、今後の活動の支障がないように、同席した顔と名前を頭に叩き込むために、周りの顔を見回した。


 するとどうだろう、これが不幸中の幸いと言うのか。すぐ近くの一人の憲兵――上等兵が、ボールペンを、持っていたのともう一方の手で天ビスを押し込み、シュナウザー大尉に手渡したではないか!普通は持ち替えずにバネを押し戻すが、そいつは不自然なことに両手を使った。それはつまり、普通のペンではなく、何か特別な使用が隠されている。

 ペンの形をした小型のレコーダーだ。この会議は録音され、私の言った内容が記録され、後でその発言の正否を照合するのだろう。

 確かに会議が記録されることは別に普通だ。もし私が白ならば、意図的に嘘を言う事はないでしょう?ということなのだ。だが、私に隠して、わざわざペン型のボイスレコーダーを使ったのは何なのか?


「いやあ、顧問。お疲れ様でした。とっても勉強になりましたよ。」

にやけ顔でフォローする同席者。慇懃無礼な対応に、私はもはや怒りを通り越し、呆れていた。

 私も勉強になったよ。ありがとう。こいつらは今後、私にどんな非礼を働いても、私を見くびり続け、謝ることは絶対にないだろう。私は、革命という「公務員を傷つける罪を犯したから」であり、かつ「負けたから」だ。


 私はこいつらとは相容れないことを明確に刻み、デスクへ戻った。

 だが、そんな殺意を強引に割り込んでくる声。


「あら、お疲れ様。怖い顔ですね-。嫌なことがあったって顔に書かれてますねー。どうしたんでしょうか。」


その声も憲兵であった。

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