ⅵ
「おはよう、星川樹くん」
ここはどこだろう。
こぢんまりした書斎のようだった。
樹はソファーの上に倒れ込んでいた。
目の前に大ぶりのディスクに背を向けて、なにやらノートを手に椅子に座る男とその背後でディスクの上に座り込んでいる男がぼんやりと見える。ふたりともまだ若い。まだ、とっても……。
ボーイスカウトみたいに変な制服とベレー帽。
色は、目が覚めるような紺青色。
「まずは、君の疑問に答えよう」
と、椅子に座っている方。ほっそりとした華奢な体形で、優し気な顔立ちの涼やかな一重の若い男だった。一見好男子だが、そうは見えないのは言葉やしぐさの端々に纏いつく気怠げで近寄りがたい雰囲気のせいか。
「ここはどこか?―――仮想空間であり、内的世界でもある。答えは君の記憶領域」
男はにっと笑った。笑うと糸目になる。誰かと同じだった。それよりも……。ぼっ、僕の記憶領域だって?
樹は気が動転しそうになった。だが、ここで動揺したら彼らの思うツボだった。
「へぇ、君は驚くと無表情になるタイプなんだね」
と、男は茶化すように語りかけた。
「まずは疑問に答えるんだろ、君たちは何者なんだ?」
きついトーンで樹は尋ねた。
「ああ、そうだね。僕は
やはり、彼らは4.16の行方不明者だった。この人が汐音のお兄さんか。それよりミリシアって英語で私兵や義勇軍のこと?なんで彼らは軍隊ごっこをしているのだろうか。
「驚いたな、あの峰打ち。凪人に囮になってもらったが、まさかここまで装機を使いこなしているとはね。あの時俺がバックドアをこじ開けるのが間に合わなきゃ、凪人が本気でブチ切れるとこだったぜ」
と、机に座っている方。大柄で筋肉質なタイプで、パンキッシュな丸眼鏡を掛けているがハーフタレントみたいに整った顔立ちだった。
バックドア、ということは萌黄、すなわち僕はハッキングされたのか。
樹は慌てて立ち上がってこの部屋の収集品を見て回った。
壁一面には樹の誕生からこれまでの写真が張られていた。
書棚に並んだノートを引き抜くと、つけた覚えのない日記帳の束。
凪人が持っているのもおそらく……。
かぁっと頬が熱くなった。
「ふざけるな!」
樹は思わず声を荒らげた。
「それはこちらのセリフだ。僕たちの計画を君は台無しにしてくれた」
暖簾に腕押しという風情で凪人は淡々と答えた。
「君たちは宇宙ステーションに何をするつもりだったんだ」
樹の問いかけはとうとうこの作戦の核心に触れた。
「君の戦いぶりが見事だったから教えてあげるけど、僕たちは宇宙ステーションの与圧システムを制圧して、宇宙飛行士を人質に取る予定だった」
凪人の答えは衝撃的だった。
(なんでそんなことを……)
驚きのあまり、樹は二の句が継げなかった。とても同じ十代の青年のやることとは思えなかった。
「もちろん、こちら側の世界があちらの3万人の人命を無視するから、交渉のため仕方なく、ね」
凪人はふっと笑う。その何とも言えない虚無的な表情から、かなり手練れた交渉人で非情な戦士だということがわかった。樹には凪人が汐音のいうような普通の人間とは到底思えなかった。
「3万人って、彼らは皆生きているのか?」
父さんや母さん、それに同級生たちは無事なのだろうか。
樹の問いかけに、凪人は軽くうなずいた。
「そもそもなぜあの大消失は起きたんだ?」
樹は問題の核心を尋ねた。
「それは僕たちにもわからない。完璧な事故だった。僕たちは巻き込まれただけだ。そして、生存のために戦っている」
草間凪人は真剣なまなざしで語りかけた。柔和そうな雰囲気から一転目つきが鋭く変わった。
「いいか、君はわかっていてやったと思うけど、さっきは玄天の水素タンクを狙ったね。装甲に切り替わる前に鞘じゃなく刃で突き刺したらアバターは爆発していた。僕の意識は僕の肉体に戻ることなく廃人となるところだった。君が会った神無のようにね」
凪人の背後で遊馬想輔がにやりと笑った。
「僕たちの力を見くびってもらっては困る。僕はあの直後すぐに反撃できた。だが、手を出さなかったのは怒りに任せて君を無傷のまま捕獲できなくなることを恐れたからだ」
その冷徹な表情にはもうどこにも汐音との共通点はなかった。
「君の記憶はざっと目を通させてもらった。君ばかりでなく汐音や乃衣絵くんまでこの件に関わっているなんて正直失望したよ」
「忠告しておくよ。速水有栖には絶対気を許すな」
背後で遊馬想輔が大きくうなずく。
「勇敢な君にひとつプレゼントを贈ろう」
凪人は半透明の球体の計測器らしきものを取り出した。
「その昔アラビアの商人が航海に用いたアストロラーベだ。夜の闇に閉ざされ、何も見えなくなったとき星座のごとく君を導くだろう。萌黄ではなく、君自身に直接組み込まれる。ブリッジである君には必要がないかもしれないが……」
アストロラーベは凪人の手を離れると、すっと樹の方へ向かってきてそのまま胸の中に入っていった。
「これは何?」
樹は胸元に暖かさを感じながら、尋ねた。
「心配するな、保険のようなものさ」
と、想輔。
「さて、お別れの時間だ。僕たちは撤退しなければならない。あと30秒でオロチの大群がやってくる」
凪人の顔が皮肉っぽくゆがんだ。
背後で想輔が、さよならと手を振る。
「君を足止めするために特別なミニゲームを用意した。クリアするのに多少時間がかかるが、君ならやれるだろう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます