帰宅すると、樹はぐったり疲れた身体をそのままベッドに横たえた。

 だが休んだのもつかの間、Nタブレットにメールが届いた。


 「敵機現れる予兆あり。緊急出動願う。 鏑木」


 どうやって行くんだ。

 と思ったとたん、開けた窓の外からマフラー音が響いた。

 窓の下を見るとあのライダースーツ。フルフェイスヘルメットの奥に隠された瞳と目が合った気がした。

 慌てて、部屋を飛び出す。


 「樹、どこへ行くの?ご飯まだでしょ」

 「ちょ、ちょっとコンビニ」

 すぐにばれる嘘を残して樹はアパートを出た。


 渡されたヘルメットを装着して、バイクの後部座席に跨がると背後のバーを握りしめた。


 日没後の空はまだかすかに明るい。


 今日はあれだけたくさんのことがあったのに、まだ七時前だった。

 火点し頃、王莽が時、夜の入り口の街をタンデムライド。


 思ったより有栖は操縦は長けていて、走行する車の狭い間をそれこそ映画のトリニティばりの超絶の技術ですり抜けていった。

 マシンは自ら生み出した気流に乗るかのように心地よく走っていく。樹はエンジンの振動を身体全体で受け止めた。


 再び、サクラ重化学の倉庫へ。

 雲林院らサクラ重化学のスタッフに加えて、すでに鏑木も到着していた。


 「星川君、急に呼び出してすまない。南陸奥州北東部の上空に時空の歪みと微かなチェレンコフ放射を検知した。座標は、北緯37.7XXXXX, 東経140.9XXXXX」

 鏑木の表情はいつもより固く、口調は事務的だった。


 樹は初めて知ったが、倉庫の地下にはイージス艦の戦闘情報センター(CIC)並の管制室が整備されていた。


 コンソールの大型ディスプレーには南陸奥県の立体地形が表示され、標的が地上のレーダーと上空の衛星から監視されていることが分かった。


 「ここから二百八十キロの距離、スーパークルーズ(超音速飛行)で十分ほどだ。今出撃すれば敵機の出現に間に合う」

 「まさか、いつものオロチじゃなくて、樹君に萌葱を装着させるつもりじゃ。ねえ、鏑木さん、本気なの?」

 有栖が真顔で尋ねた。


 「もちろん迎撃はすでに放たれた無人機オロチがメインだ。萌葱は後方待機だ。萌葱は訓練用のナビモードを使う。いざとなれば僕が遠隔操作する」

 と、鏑木はポーカーフェイスのまま。この男でも非情になれるのだと有栖は妙なところで感心した。


 「星川君、我々は無論強制はしない。最後の選択権は君にある。どうする?」

 「おい、スクランブルの準備はできたぞ」

 作業着を着た雲林院が声を掛けた。

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