倉庫の隣の事務室のドアの外で渋い顔をした雲林院と有栖が待ち構えていた。


 案の定あのライダースーツは有栖だった。


 「ようこそ、郁成学園ロボット部の皆さん」

 と、芝居じみた口調の有栖。


 「といっても30メートルを超える巨大ロボットを扱う部活はそうないだろうけどね」


 「速水君、茶化すのも大概にしたまえ」

 雲林院の低いささやき声。


 「あんな子どもたちを連れてきてどうするつもりなんだ?」

 「装機は萌葱だけじゃない。桜と山吹もある。そして、汐音と乃衣絵は適格者だとおもうけどね」


 有栖は2人の名字をやけに強調した。

 そして、すたすたと倉庫の方へ歩いて行くと、勝手知ったる様子で入り口の電子キーを解除した。


 やがて、目の前に3体の装機が現れた。

 新参の2人は対照的な反応を見せた。

 汐音といえば、さっきの不機嫌もどこへやら大騒ぎだった。

 一方、乃衣絵はこれまで見せたことのないような冷めた視線で装機を眺めていた。


 「ちょっと待ってよ、汐音がこれを操縦するのか?」

 はっとして樹が叫んだ。

 

 「おや、樹くん、君はここで何を学んだんだい?装機は乗り物じゃない。完全に一体化するものだ」

 と、有栖の揶揄。


 「ああ、分かっているよ。装機はあくまで本人の能力を増幅するものだ。関節の動きも装着者の可動域に合わせて設定する。汐音はとてつもない運動音痴なんだ。どだい無理だよ」

 と、言い切る本人もまだ実装にはいたらずシミュレーション訓練ばかりだったが、身も蓋もない樹の言葉に汐音はすかさず反撃した。


 「そんな言い方はないだろ、僕だって訓練すればきっと扱える」

 その時、これまで口を閉ざしていた乃衣絵が声をあげた。


 「提案があります。桜の装着者は汐音さん、山吹はあたしでいいでしょうか」

 「ちょっと待ってよ。どうみても桜は小型だ。女性向きだよ」

 「あたしはこれでも中学の時には弓道部に所属していたの。山吹の武器は長弓でしょ。それにあたしの方が背が高いわ」

 「そんなことはないだろ」

 「あら、高いわよ。女は5cmヒールを履いた高さで男を見るものよ」

 「ヒ、ヒールなんてこの場合まったく関係ないじゃん」


 2人のやりとりを有栖は笑いをこらえて見ていたが、さも辟易したというような渋面を浮かべた雲林院が仕方無げに仲裁に入った。


 「たしかに、桜は小回りがきく。鏑木さんに適正をみてもらってから決めればいいだろう」


 見学途中のキャットウォークで有栖が乃衣絵の背後からささやいた。


 「こわいんだね、あまりにも自分にぴったりはまるのが。桜は紅の原型、神無の専用機として開発されたマシーンだ。だがこれはまだ入り口だ。君の選んだ地獄のね」


 乃衣絵はゆっくりと振り返った。


 「それは実際に地獄に墜ちた人間の言葉なの? それともただ人が墜ちるのを見ていただけの臆病者の言葉?」


 そんな痛烈な言葉の応酬を二人が交わしていたことを樹は知るよしも無かった。


 あっという間に帰りのバスの時間だった。次を逃すともう1時間待たねばならない。


 3人は帰路についた。

 追いかけるようにバイクに跨がった有栖に雲林院が声をかけた。


 「おい、あんた。何考えているんだね。あんな子どもたちを巻き込んで、無駄に死なせるようなもんじゃないか。いや、あんたの考えはどうでもいい。三木や鏑木は何を考えているんだ」


 「おや、あなたが人の命を考慮するなんて意外ですね」

 半ば下ろしかけたフルフェイスのヘルメットの奥で有栖の目が鋭く光った。


 「いや、俺は丹精こめて整備した装機があんな未熟なガキたちにみすみずスクラップにされるのが耐えがたいだけだ」


 「ふふっ、だったら杞憂に終わりますよ。草間汐音はあれでも凪人の弟です。いざとなれば彼との交渉に使えるかも知れませんし。汚い手口はあなたたち得意でしょう。そして犬童乃衣絵はいわずとしれた神無のスペア。その潜在能力は計り知れません」

 そう告げると、有栖はスロットルを廻した。

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