ⅶ
「行きます」
樹がゆっくりと答えた。
「いいかい、僕は常に君に寄り添っている。今回ほとんどの操縦がプログラム通りのオートパイロット(自動操縦)だ」
鏑木がそう説明した。
「ずいぶん軽い命だね。鏑木さん、あなたらしくもない」
と、鏑木の耳元で有栖。
「・・・・・・時間が無いんだ」
険しい表情の鏑木はささやき声で応じた。
「どういうこと?」
「あれからもう1年が経過した。このままでは二つの世界は永遠に分断される。それだけならいいが、弱い世界が消えるかもしれない。当然、消えるのはあちら側の世界だ。僕は3万人の命を握っている草間凪人が何を考えているか知りたいんだ。彼は僕らとは交渉はしないが、星川君になら接触するかもしれない」
「へえ、彼は戦闘員じゃなくて凪人をおびき寄せるエサなんだ。本人に知らせないとは残酷だね。それが例のお茶会のメンツの総意?」
「いや、それはどうかな。分からない。
「じゃあ、あなたはビッグシスターたるカンナの意思に逆らうつもり?見かけによらず大胆だね。それより、そんなことを僕に言って平気なの?」
「・・・・・・君は、確かに御前の秘蔵っ子でミリシアからあえて外されたことに御前の意思を強く感じているが、一方君は君の理屈で動いていることは明白だ。まあ、君を買いかぶっているのかもしれないが」
言ってしまってから鏑木はやや照れたように目を伏せて、先刻からのやりとりで初めて感情らしきものを見せた。
だが、いつもならそのような他人の感情の機微をもてあそぶことを信条とする有栖は、むしろ鏑木に対する興味を失ったかのように物思いに沈み始めていた。
一方の樹は、管制室後方に備え付けられた金属でできた安楽椅子のような転送装置に身を任せた。
この転送装置自体が脳内と全身のニューロンの電位を読み取るスキャニング装置。もうすぐ、新しい鋼の肉体とつながり、魂が転送されるのだ。
樹は深く息を吸い込んで、不安と焦燥、あるいは興奮と高揚といった感情の揺らぎをできるだけ抑えた。
高速移動中に生じる可能性があるレッドアウトやブラックアウトについては、十分に説明を受けていたが、あくまで畳水練、卓上の理論だ。
「樹くん、聞こえるかい?」
鏑木の声がヘッドフォンを通して聞こえる。
「はい」
「いよいよ、アバターに魂を転送する。シミュレーション通りの手筈で」
樹は目を閉じた。そして強く念じた。
全身の神経が発火する感覚。
やがて、ジャック・イン―。
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