ⅱ
雑木林沿いの小径。
「速水さん、ちょっと待ってください」
午後一番の日差し。
短い影がふたつ。
長いストライドで早足で歩く有栖を追いかけるのに、乃衣絵はしばらく全力で走らなければならなかったが、それでも追いついたときまったく息は切れていなかった。
「わざとあたしたちを引っ掻き回してますね。あなたの思惑は何ですか?」
「思惑って、人聞き悪いなあ。まあ、君と同じさ。君は僕より先に星川樹に接触して、数歩抜きんでていると思って安心していたね。だが、残念ながら違うんだよ」
振り返った有栖の顔はぞっとするほど冷たかった。
「僕は君が百パーセント君の姉さんのために動いているとは思えない。やっぱり自分のため?」
乃衣絵がきっとにらんだ。
「まあ、図星かな」
「なぜあなたが今更この件に関わるんです?」
「そうだね、好奇心ということにしておこうか。その昔、子宝に恵まれない何組もの夫婦が
「規格外のあなたには関係ないでしょう」
「そう、僕には関係はない。でも、君は姉さんのスペアだからね」
乃衣絵の姿が視界から一瞬消えた。
と、次の刹那、有栖の真下から強烈なアッパーが突き上げられた。
まさに目にもとまらぬとはこのことだろう。
有栖はかろうじてクロスアームで防御に徹するが、続いてムエタイ級のハイキックが飛んできた。
「しつこいな。嫌がらせなんだろうけど顔を狙いすぎるんだよ」
背中をそらせて受け流すと、さらに乃衣絵は反対側から蹴り上げてきた。すかさず、肘で強く払いのける。
乃衣絵は、人間離れした跳躍力をみせて、三メートルほど離れた安全圏に着地した。
「へえ、特別な訓練を受けずにそのレベルとは末恐ろしいね」
と、有栖のやや毒を含んだ驚嘆の声。だが、すぐに真顔になった。
「僕は正直なところ君が苦手だ。君は神無であって神無じゃないからね。でも、一応警告しておくよ。君がこの件に近づくことは危険すぎる。降りるなら今だ。君はまだ本当の悪を知らない。人間の尊厳などという言葉はまったく通用しない闇の世界で僕たちは生み出され、育て上げられた。その闇にみずから身を投じる必要はない」
乃衣絵の瞳が有栖をまっすぐと捉えた。その言葉の真意を見極めるように。
「ご忠告ありがとう。でも、逃げる場所なんてない。それとも、あの人たちのように別の宇宙へ逃げるの?」
有栖は眉をあげた。
「君の覚悟は分かったよ。だけど、僕の邪魔をしたら許さないから、それだけは覚えておいてくれたまえ」
「その言葉はそのまま返すわ」
踵を返し歩む乃衣絵の後ろ姿を有栖はじっと見つめた。
暗い部屋。
暗い部屋。
何も見えない。
閉じ込められて、ただ泣くだけの子どもが二人。
大丈夫だよ、有栖。
もう泣くのはやめよう。
ほら、手をつなごう。
わたしはここにいるから。
暗い部屋。
暗い部屋。
何も見えない。
暗い部屋の手のぬくもり。
もう届かない・・・・・・
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