「反逆者たちの動静はどうです」


 パチンッ。

 鏑木はきざったらしく指を鳴らした。

 すると、これまでの青空は消え、代わりに夜の帷のごとき巨大なプラネタリウムが現れた。


 「最新の戦闘行為です」


 鏑木は天蓋をレーザーポインターで指し示した。

 すると、鏑木の示したあたりから超光速で時空の壁が打ち破られたことを示す青い巨大な光が生まれた。


 「これは10日ほど前の午前1時7分です。侵入による衝撃波、青いチェレンコフ放射を感知しました。彼らは光をも超えた超速のスピードでグラウンド零上空に突如として出現した時空の裂け目、我々が天涯テンガイと呼ぶ事象の地平線(イベント・ホライズン)を越えてこちら側の世界に突入します。すでに筑波地区の第二次防衛線も突破されました。彼らの目的は都内への侵入だと思われます。彼らの属する位相空間の正確な座標はまだ判明していませんが、これほど突入が頻繁であれば割り出せるのも時間の問題です」


 「まずは正体不明機が一機。着陸地点は我々が極秘で運営するヨタバイト規模のデーターセンターの目と鼻の先です」


 レーダーが捕捉した機影は放物線のようになめらかに伸びる線。

 流星のスピードで地表に降下する。


 「間違いない。これは玄天ゲンテンだ。装着者は十中八九、草間凪人だ」

 アリスが興奮気味に叫んだ。


 闇にきらめくミッドナイトブルーの優美な機影。

 黒鳥を思わせる双翼を広げた流線型の優美な飛行体制からゆっくりと四肢を開き、巨神の姿となって音もなく着地する様が目に見えるようだった。


 そして、草間凪人の超俗的でとりすました顔が思い浮かんだ。

 凪人、いつか君がその聖人君子じみた表情を醜くゆがませて、泣きわめく姿をみる日を楽しみにしているよ。


 「続いて、もう一機現れます」


 機影は超速できりもみ状態を楽しむようなトリッキーな軌跡を描いた。


 「蒼天ソウテンだな、この動きは。おそらく実装者は遊馬想輔あすまそうすけだろう」

 アリスはその大きな瞳をすがめてつぶやいた。


 玄天とは対照的に、鋭角的な翼竜のごとき翼を持つスカイブルーの機体。


 着陸直前まで速度を保ち、あわや墜落というスリルを愉しむかのように減速、そしてメタモルフォーゼ。


 その時空をも超えうる巨大な有機金属クラスタのアバターを纏うのは、皮肉めいた笑みを浮かべたニヒリスト。

 デザイナーベイビーのなかでもトップクラスの逸材で、紺青のミリシアの精鋭。まさかどこのウマの骨とも知れぬ「オリジナル」凪人の配下へくだるとは。


 想輔、君はもっとも僕に近いと思っていたのに。その君までもが凪人の側に寝返るとは予想外だったよ。残念だ。


 「防御に追跡ミサイル、オロチを放ちましたが、まるで焼け石に水の状態です。彼らは搭載している無人迎撃機カルラを放っています」


 至近距離で捉えた戦闘シーンが映し出された。

 やはり玄天と蒼天だった。

 空色の奇兵。

 魂が、意思が、その堅く柔らかな鎧を装着すると、人は神の領域へと近づく。

 時間と重力の異なる世界へ。

 超音速、いや超光速の世界へ。


 人工の肉体に張り巡らされたイオンチャンネルを通じて拡張するニューロン。

 膨張する思考と自我。

 アリスは試作機に初めて「搭乗」したときの戦慄を思い出した。

 経験したことのない感覚がゾクリと体幹を駆け抜ける、あの熱に浮かされたような浮遊感。やがて神がかりと言ってもいい陶酔に呑み込まれる。


 そうだ、僕はあの狂気に飲み込まれた。

 彼らは僕とは違う。くやしいことに、自我の高揚のなかで冷徹さを失っていない。

 まあ、資質の違いってやつ。それだけのことだ。


 装機に搭載された光学迷彩を纏った超小型の迎撃機カルラが、オロチを無残にも返り討つ。玄天のファイバーレーザーの刃が、蒼天のフォトンの矢が、ソニックを超える速さで夜の闇を駆け抜けるプラズマの飛行竜の残党を切り裂き、突き破る。


 やがて、巨神の全身から放出される磁気パルスによりデータセンターは非物理的に破壊された。

 

 鏑木がまた指を鳴らすと、黒い天蓋は消えて元の青い空が戻った。


 「このように装機アバターを使って変幻自在に現れ、我らの拠点たるデーターセンターやプラットホームを攻撃しています。こちら側の電子防護では歯が立ちません。仮想空間もまたしかり。彼らはあらゆるネットワークに侵入を試みており、我らの世界から資源を盗んでいます。ニダバ社の損失だけでもすでに年商の五倍に匹敵するでしょう」


 しばしの沈黙。

 それぞれが、それぞれの思惑を反芻していた。


 「まあ、いいでしょう。対抗策たる萌黄モエギの装着者が見つかったのです。これは大きな進展ですわ」


 カンナの右瞳が邪悪に光った。


 「え~、まさか星川樹を使う気じゃ?ひどいよ、カンナ。あれは僕のじゃないの?」

 アリスは、すねたような声をあげたが、くるくると変わる表情はとらえどころがなく、どこまでが演技でどこまでが本気なのかはわからない。


 「あら、勘がいいのね。計画は変更します。三木、星川樹を萌黄に結びつける最適なシナリオを用意しなさい。話は以上です」


 客人たちは次々と消失した。

 ただひとり残ったアリスは、優雅に紅茶を飲み干すとにやりと笑った。

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