Ⅱ 満天星(ドウダンツツジ)
ⅰ
「白ウサギを追いかけろ」
と、つややかでクールなバリトン。
半分寝ぼけた朝の通学路。
右のイヤホンをいきなりはずされて、耳元でそうささやかれてた。
樹ははっと振り返った。
紺青色のブレザーを羽織った整った顔立ちの長身の男子学生が、いつのまにか樹の斜め後ろにぴったりとついていた。
特徴あるアーモンド形の瞳。
その大きなつり上がった瞳で見つめられると、なぜだかどきりとした。
「誰なんです。あなた」
「へえ~、僕を知らないとは君はこの学園生活で三周回くらい遅れているね。それよりも、君の目の前はウサギだらけだよ。女子たちのソックスをみてごらん」
確かにPBのバニーヘッドがワンポイントの靴下って、不朽の定番だよな。そういえば、うちの学校、靴下指定じゃなかったんだ。
って、そんなことを考えている場合じゃないか。
樹はぼんやりとした頭で見知らぬ男子学生の言葉を反芻した。
「君はミッションをクリアした。予言するよ。今日は君にとって特別な日になるだろう」
自信たっぷりにそう断言する。
「クリアするも何も俺はただ道を歩いているだけです。何なんですか、あなたは」
「僕がトリニティだとしたら、君は僕のネオだ。僕が君に接触したことは秘密だよ。みんなにばれると怒られちゃうからね。・・・・・・それと」
耳朶にふれんばかりに唇を寄せてきた。
「Big Brother is watching you.(ビッグ・ブラザーがあなたを見ている)」
「時計は持っていないようだね。賢明だよ。でも、Nタブレットには気をつけて」
そう言い終えると、さっさと先に歩いて行ってしまった。バニーヘッドのソックスの群れをすり抜けるたびに、黄色い歓声が上がった。
誰だかわからないが、相当な有名人なのだろう。今度見かけたら草間汐音にでも聞いてみよう。そのときまで覚えていたら。
そうそう、白ウサギって、あの昔の有名な映画の話だよな。トリニティは確か主人公ネオを現実の世界へ迎えに来るキーパーソンだったと思うけど、あの人は一体何者なんだ。
巨大なブラックスクリーンが映し出すのは、絡み合う線、線、線。
平行し、すれ違い、交差する線。
様々な色の移動履歴。
「ごめん、バスの網棚で君のバッグと取り違えたみたいだ。よく似ているからね」
有栖は前を歩く一人の男子学生に声をかけて、狼狽する学生からタブレットが収まっている同じような黒のディパックを取り戻した。
Big Brother is watching you.
(ビッグ・ブラザーがあなたを見ている)
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