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それからほどなく。
電子会議の時間だった。
出席者はそれぞれの場所でスマートグラスを装着した。
二度強く瞬きして、ジャック・イン。
すると、本日のフォーラム会場である架空の草原が現れる。
爽やかな風。
清流のせせらぎ。
こぼれる陽光。
すべてが現実以上にリアルで空っぽな世界。
真っ白なクロスの掛けられたテーブルにはアフタヌーンティーのスタンドが置かれていた。
目の前のティーカップには白い湯気。
ダージリンなのか、甘いベルガモットの香りがする。
給仕するエナメル靴に黒のゴシック&ロリータのエプロンドレス姿の長身美少女アリスをのぞけば、召還された客人は四体。
「さあ、皆さん。お茶の時間よ」
茶会の女主人は、長手袋にカクテルハット、丈の短いブラックドレスを纏った犬童神無に瓜二つの少女カンナだった。現実世界そのままの美貌に、左目には黒のアイパッチ。
「この素敵な空間を演出してくださったのは、我らが認知工学研究所のサイバネティクス部門のリーダー鏑木研究員です」
鏑木と紹介された男は、黒い上着にベスト、縞ズボンを合わせた英国調のディレクターズスーツを着込んでいた。
面長な顔立ちとやせ形の体型が草食動物を思わせる若い男で、集まった面々を見回すと、きざったらしく会釈をした。
「こちらは、サクラ重化学の
クラシカルなゴルフウエアを連想させるカジュアルなジャケットに蝶ネクタイ、鳥打ち帽姿のがっちりした体躯の中年男性が一礼した。
「そして、ニダバ社からは三木上席調査員。ニューラルネットワークを用いたデータマイニングのプロといったところです」
先のふたりに比べて、あっさりとした紹介だった。おそらく現実世界と変わらないだろう白衣姿。猫背できょろきょろと落ち着きがなかった。
「最後に学園を代表して、高等部3年に在籍中の
変幻自在なアバターであるとはいえ、世間を席巻している美少女の真の正体が青年と知った他の参加者から軽いどよめきが漏れた。
色白のどこかコケティッシュな美貌の持ち主である女装の少年は、ワゴンを下げて席につくと、同席者に毒のある笑顔を振りまいた。ツインテールがゆれて、アーモンド型の大きなつり上がった瞳が怪しく輝いた。
「優れた物理学者、そして郁青学園の創立者であり認知工学研究所の前身であった陸軍附属工学研究所の初代総裁であられた陶隆継博士は戦後工学研究所を頂点とするコンツェルンが解体された後も、かつての同族企業の幹部らと人類への真の貢献についての高邁な理想を語らうために定期的に茶話会を催していました。陶博士の死後長らく中断されていましたが、今日ここに復活します」
カンナは厳かにそう宣告した。
「ご存じのとおり、ユートピストでありリアリストであった陶博士の思い描いた未来、あまねく情報を収集するセンサネットワークで有機的につながる自律社会は実装段階にありました。ですが、昨年の紺青のミリシア内の反乱分子によるクーデタによって、我々の計画は
カンナは叱責するようなまなざしを三木に向けた。
「彼らは我々の世界から資源をかすめ取り、ネットワークに攻撃をしかけています。彼らの行方は三木調査員のチームが追っています。さらに、ここへきて未知の要素が加わりました。グラウンド零の生存者がよりによって我が学園に存在したのです」
「お言葉ですが、星川樹なる人物は当初錯乱状態であり事故当日の記憶をまったく持たなかったと報告されています。彼は病院に収容され、複数の専門家による面接を受けました。証言には矛盾はまったく含まれませんでした。それに郁青学園に編入したのは姉が中等部の講師だからです。入学に当たって正式にニダバの人格インベントリーを受検した訳ではありません」
三木はたまらずに反論した。早口でうわずった声だった。
「言い訳は無用です。星川樹の詳細について説明なさいな」
「支給したNタブレットのデータを分析したところ、行動履歴、閲覧履歴、購入履歴等、特にこれといった特色のない平凡なる一高校生といったところでした。高校でのニダバの受検歴をみても得意科目は数学と物理ですが、それ以外の科目は平均以下の出来です。パーソナリティも正常の範囲内でなんら変わった点はみられません」
この仮想世界にもNタブレットを持ち出しながら、三木は答えた。
「は~い。三木さん、質問です。星川樹の性的な嗜好はどうなんです?性衝動はすべての欲望に勝るものなのでしょう」
と、アリスが唐突に口を挟んだ。
「はあ、少なくてもNタブレットからはいかがわしいサイトの閲覧履歴は認められませんでしたが、図書や映像ソフトの履歴を見ると高校生なら興味を持ちそうなごく普通の漫画や映画でした。特段の偏りはないかと」
速水有栖をまるで奇妙な生き物を見るようにまじまじと見つめながら、三木は答えた。
「ただ、彼のアルバムにはこのような写真が・・・・・・」
三木はNタブレットの画面をほかの参加者に向けた。乃衣絵とおまけのような汐音の写真だった。
ヒューッとアリスが口笛を吹いたが、カンナは黙殺した。
「転校前はどうでしたか? なにか変わった点は?」
神無からの質問に三木は一瞬言いよどんだが、観念したかのように言葉を続けた。
「それについては南陸奥県の公立中学校に在籍していたので、断片的なデータしか残っていないのですが、成績は上位5パーセント内、体力テストも抜群の成績を残しています。性格的には強力なリーダーシップが認められます。そのほか、強豪バスケットボールチームに在籍し、ロボットコンテストでも地域の大会で最年少で優勝しています」
とたんに、カンナの顔つきが変わった。
「それがこちらでは凡人レベルですか。あの少年にあっさりしてやられた訳ですね。彼は我らのお膝元で目立たぬよう息を潜めていたのです。それでは草間凪人の件と同じではないですか。いったいなんのためのデータ収集なのです」
「お言葉ですが、このように思春期後期における学業不振はよくあることで単なる怠学とみた方が現実的でしょう。何よりも膨大なビッグデータのなかの一人一人の動態変化を見極めることは至難の業です」
しどろもどろになりながら、三木は答えた。真っ赤になったのは、草間凪人の名前を耳にしたから、と理解したのはアリスただ一人。
「まあまあ、カンナ。そうかりかりしなくても。学園のことなら僕に任せてよ。それより、このマフィン最高だね。ここまで味わいを忠実に再現できる鏑木さんのセンスには脱帽するよ」
鏑木はまんざらでもなさそうに会釈した。
「アリス、あまりはしゃぎすぎないでね。ありがたいことに星川樹はロボット制作が趣味とか。ここは鏑木研究員と雲林院部長に登場願いしましょう。そういえば雲林院部長、装機はもう整備されたのかしら」
「はい、玄天、蒼天をもしのぐ潜在能力を秘めた
まあ、及第点といった表情でカンナは再び鏑木の方を向いた。
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