ⅱ
木漏れ日のオープンテラス。
なによりも制服姿の学生をほとんど見かけないのがいい。理由は単純かつ明白。高等部の校舎からかなり遠く、急ぎ足で歩いても十分強かかるから。
おまけに大学のキャンバスからも少し離れていて、昼休みでもそれほど盛況でないのもいい。敷地内に残された新緑が芽吹く雑木林はすぐ目の前だ。
だが、そんな爽やかな休息のひとときも同じ二年三組のクラスメート、
「ねえ、星川君。同席していいかな」
草間汐音は同級生のなかでも小柄で幼い顔立ちの少年だった。笑うと糸目になる切れ長の一重。一見あたりの柔らかな優等生タイプ。
模範的高校生活を逸脱しかけている樹との接点はそうなかった。
「・・・・・・」
好物のオムライスを食べかけていた樹があからさまに不審げな顔で見返すと、腹の足しにもならなそうなサンドイッチのランチプレートを手にした汐音はあわてて続けた。
「そんなに警戒しなくていいよ。君にはちょっと聞きたいことがあったんだけど、みんなの前じゃ聞きにくくて」
「どんなことなんだい。手短にいってくれないか?」
汐音からみたら遅刻の常習犯の樹はとんでもない不良なのだろう。樹は彼を前にプレートを持つ手をふるわせている汐音を気の毒に思い始めた。
「言いにくいんだけど、君は噂によるとグラウンド零の唯一の生存者なんだろ。話を聞かせてくれないか」
「そんなに単刀直入に聞いてきたのは君が初めてだよ。興味があるのかい?」
「違うんだ。あの爆発に我が校の生徒が巻き込まれたのを知っているだろう。そのなかに僕の兄さんがいるんだ・・・・・・」
そんな話を聞いたことがあった。確か、爆心地に近い星が浜の宿泊施設で合宿中の生徒たちが犠牲になったとか。「あの日」をめぐる無数の悲劇のひとつ。
「噂も何も、グラウンド零には生存者はいないというのが公式見解だ」
「でも君は三日後にグラウンド零のただなかで救助された」
「爆発後なんらかの原因で封鎖線を突破して、ショックのあまりその前後の記憶を失ったというのが医師の診断だよ。兄さんのことは気の毒に思うよ。だけど、君のお役には立てない」
南陸奥県にあったそのサクラ重化学星が浜工場で大規模な爆発があったとされるのが去年の今日。すなわち2015年4月16日。
建物を残して、ペットや家畜、鳥や虫、そして三万人もの人間。あらゆる生き物が忽然と消えた世界。
半径5キロ圏に存在するすべてが消失した未曾有の超自然事象は、水素発電プラントの試験稼働中の事故と説明された。
サクラ重化学は発電プラントから航空機まで手がける全地球規模の複合企業だ。
消失は紛れもない事実だった。この目で見たのだから。
けれども、彼らが開発していたものは発電所などではないはずだ。サクラ重化学は世界有数の兵器メーカーでもあるのだから。
こんなことは高校生の樹でもわかる。だが、誰も政府ぐるみの隠匿工作に言及しようとしない。
想像を絶する大惨劇をまえにして人々はかえって口を閉ざし、何事もなかったように日常が過ぎていく。
「会ってほしい人がいるんだ」
汐音は絞り出すように言葉を発した。
「生き残りは君だけじゃないんだ。実は公表されていないんだけど、もうひとりいてね。心身ともにあまり調子が良くなくて今も入院している。彼女に会ってほしいんだ」
生き残りだって、そんな馬鹿な。
「
犬童という名字でもしやと思ったが、二番目にあげられた名前を聞いて樹はどきりとした。
高等部の男子学生のなかで犬童乃衣絵を知らないものはいない。樹にとって、彼女の姿を垣間見ることは踏青亭の絶品オムライスとともに色あせた学校生活を彩る数少ない気晴らしだった。
彼女を一目見たら忘れることはできない。なにしろ、漆黒の髪とガラス玉のような大きな瞳が印象的な超絶なる美少女なのだから。
「確認だけど、会いに行くってことはその乃衣絵って子も一緒なんだよね」
「あの日」の生き残りである神無自身に対する多少の興味に乃衣絵への憧憬の念が加わり、樹はこの話に乗ってみることにした。
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