第23話

 30にして立つ、と世の中は言う。しかしてワタクシ、武藤樹里亜30歳は、今年も相変わらず、こたつでよっちゃんイカ+日本酒でごろ寝でございます!ありがとうございます!

 今年も無事に年を越す事が出来そうでございます!


 今年の年越しは、それでもちょっと違うんだなあ。私はぼんやりと、たくさんの光を投げかけるテレビ画面に目を移す。それは日本人が昔から慣れ親しんできた、年末大イベント紅白歌合戦。

 今年は何が違うかというと、聞いて驚け見て笑え!なんとI factor様が出場している!これ!びっくり!

 結成当時が夢のように、あのバンドはすっかりと人気者の階段を一足飛びに駆け出して行った。

 すげえよな。比呂。

 比呂は今年大学を卒業して、バンド活動に専念するようになった。いろいろ頑張ってる。その頑張りの集大成が年末にやってきたというわけだ。

 店で比呂のアルバムを扱うというこの不可思議。不可思議ながらも、比呂のネームバリューをいかんなく利用させていただいて、お店の一番前に平積みし、比呂のポスターとか貼っちゃって、そしてポスターにサインとか書いてもらっちゃって、縁故を利用しまくった。

 おかげさまで売り上げも上々、私のボーナスもそこそこホクホクですよ。もうね、B'zのベストとか全部買ってまおうとか思っている!

 画面に大きく映る比呂を眺める。

 比呂は三カ月くらいで飽きると思っていたのだが、どういうわけかその後も私の周りから離れず、いろいろと比呂の恋愛脳的ペースにもまれながら、ついにあれから5年たった。

 まあね、新しい恋を何とかする暇もなかったのだろうけど、これだけ有名になれば、しかもあの風貌だし、どっかのアイドルあたりに群がられるのではと思っている。

 すげえ可愛いアイドルとか連れてこないかなあ。妹ができるの夢だったからなあ。

 そうなったら、私がこの身を削って……くうっ。私はこの五年の比呂との付き合いを目に浮かべる。まさにわが身を削るとはこのこと!

 私がいろんなものを引き替えに提供した恋愛スキルを、いかんなく発揮しやがってください!頼みます!でないと、私の五年間がいったい何だったのだということに!

 はあ。私は眉間をもむ。

 これも比呂の今後の為と、ずいぶんと色んなことをこなしてきたが、今後は遠慮というものを教えねばならない。親しき仲にも礼儀ありけり……。若くかわいらしい彼女に無体を働かないようにせねばな。

 等と、遠い目をしながら私は除夜の鐘をきいた。煩悩を退散させてやらなくてはいけないのは、比呂の方だ。忙しい比呂のためにこの百八つの鐘の音を録音すべきだったろうか。




 時計も真夜中にさしかかり、うとうとしながらお笑い番組を遠くで聞く。今年はもう31かー。早いもんだな、さて寝るべ、と歯磨きに立とうとすればインターフォンが激しく鳴る。

 なんだ、こんな真夜中に。

 「おかーさん!誰か来たよー……」ってそうだ、今日誰もいないんだった。両親はともに初詣に出かけたのだった。

 鳴り止まないインターフォンに、応答する前から「はいはい」と応答する。

 カメラに映っていたのは「比呂!」

 「開けて、樹里亜!」

 「ちょ!え?あれあんたNHKホールじゃないの?」

 「いいから!開けて」

言われるままにドアを開ける。走ってきたのか息を切らした比呂が立っている。

 「何、どうやってここまで?」

 「電車!」

 「電車?なんというか、よくばれなかったね……」

 「大みそかに人の顔じろじろ見てる人なんかいないよ、さあ樹里亜、行くよ」

 「は?え?どこに?」

 「いいから、はい!コート着て!」

手を引かれてそのまま私は玄関にある適当なブーツに足を突っ込む。

 マンションのエントランスを抜けると、タクシーが停めてあって、早く早くと急き立てられるままシートベルトを締める。

 「え?比呂何?初詣?」

 「いいからいいから!運転手さんお願いします!」




 どこへ行こうというのだろうか。川崎大師?浅草寺?そんな私の疑問符は完全スルーで、車は混み合う大みそかの街を何とか進んでいく。

 何やらだんだんひなびた土地へ向かう。え、この方面は何よ。

 「成田山新勝寺?」

 と問うても、比呂はにこにこしてるだけ。

 しかし車は新勝寺を回避し、大きな施設へ突っ込んでいく。あれよあれよと車は横付けされ、さあ行くよ!とどうしたことかタクシーのトランクの中から大きなスーツケースが出現!

 でえええええ!久々のマスオさんである。

 いやあれか?よくわからないけど見送りに来いということ?

 「比呂!比呂!」

後頭部にそう呼びかけるも、全くこちらを振り返らず、足早に私を引きずっていく。

 やべえよ!比呂!いくら何でもやべえ!私今、キグルミうさぎちゃんパジャマなんだけど!!

 いくら見送りしてほしいと言っても、成田空港まで来るのにこの服はないよ!そんなことは私でもわかる!!

 どうして比呂はそこ気が付かない!!

 ムートンのブーツにダッフルコートで中身うさぎちゃんという、私でもわかるヤバいかっこしてるんだぞ!比呂!

 テレビでよく見かける、レポーターみたいな人がこっちに気が付く。しかしすぐ隣にいる私のキグルミうさぎちゃんに目を奪われ、声をかけるのをためらう隙に、どんどんん比呂は進んでいく。

 なんだかんだしているうちに、私はキグルミうさぎちゃんのままビジネスクラスに座っていた。

 え?なに?なんだこれ?

 なんで比呂が私のパスポートまで持ってるのか……?


 飛行機は無事飛び立ち、洗練されたCAさんの洗練された接客に、キグルミうさぎのままドリンクを受け取る。

 「あの、比呂?」

 「なに?」

 ここへ来て、やっと比呂は私の問いかけに返事をする。

 「これ、どこ行くの?」

 「ん?ハワイ」

 「は……はあああ?」

 「しー。大きな声出しちゃダメでしょ」

しれっとした顔で言う。

 「いやあんた!あのさ!私手ぶらなんだけど!手ぶらでハワイ?」

 「大丈夫。樹里亜のお母さんに頼んで、もう樹里亜の荷物先に送ってあるから」

 「……」

 「楽しみだね。あーでも俺ちょっと疲れちゃったから寝るよ。樹里亜も寝たほうがいいよ。6時間くらいかかるし」

 それだけ言うと、比呂は一つあくびをして眠りの体勢に入った。

 呆然である。

 さっきまで、よっちゃんイカを食べていたのが嘘のようだが嘘ではない。手がまだよっちゃんイカ臭いもの。

 よりによって、ウサギちゃんパジャマで手ぶらでハワイに行くことになろうとは……。



アロハ~である。

 ご存じのように、キグルミうさぎちゃんで常夏は暑すぎる。しかしだからと言って、脱ぐわけにはいかない。この中パンツしかはいてないし。

 比呂は勝手知ったる様にすいすいとハワイの空港内を進み、やっぱりこっちにも控えている芸能レポーターみたいな人がやっぱりおんなじようにキグルミうさぎちゃんに呆然としている間に、なぜか迎えに来ているリムジンに乗り込む。

 「で、あの、これどこ行くの?」

 比呂はキグルミの私の手をそっと握って、微笑む。笑えって言ってんじゃねええ!と言いたいところだが、窓の外の美しい景色に言葉を飲み込む。

 やがて車は静かに停車し、「アロハ~」とかなんとか言われながら、キグルミうさぎちゃんはよくわからないスタッフみたいな人たちに連れられて、きれいな建物に連行される。

 比呂はそんな哀れなウサギににこやかに手を振っていた。



 でええええええええ!本日最大級のマスオさんである。

 しかもマスオさんの動きが全く似合わない!

 なぜかというと、私は今、キグルミうさぎちゃんという防寒グッズから解放され、着心地の良い、膝丈の真っ白いワンピースを着せられて、化粧という名の軽い工事を顔に済ませ、万年変わらぬマッシュルームヘアに、ハワイの色とりどりの花が散らされ、鏡の前に立たされていた。

 え?

 振り返ると、今この突貫工事を済ませた方々がにこやかに微笑んで何か言ってる。同じ人類なのに、なぜこうも言語が通じないのか。と自分のヒアリング能力に打ちのめされていると、突然乱入してきた比呂が全力で抱きしめてくる。

 「ちょ、比呂!苦しい」

 そう訴えれば不意に足をさらわれて、はうあああ!という変な声を出しているうちにこれはいわゆるお姫様抱っこじゃないですかね。しかしこの体制は非常に不安定。身の危険を感じて比呂の首に抱き着けば、「かわいい、樹里亜!」と感極まった声を耳で聞く。

 そのままたどり着いた白い建物は眼下に海が広がる絶景の小高いロケーションで、思わず目を奪われていると、突如目の前のドアが開かれる。

 強い日差しに射抜かれていた目は建物内の暗闇に慣れず、いったいどこかと考える間もなくお姫様抱っこのまま突き進めば、あたりにステンドグラスの色とりどりがはじけた様に散っている。

 突き当りには、青い目の黒い服を着た人が立っていて、何事か私に告げる。

 すると比呂が耳元で「イエスと言って」とささやく。

 「は?え?」

 「は?じゃなくてイエス」

 「い、イエス……」

そう言えば頭上で鐘ががらんごろんと音を立てゆっくりと体を下ろされたと思えば、取られた左手の指に、ひんやりとした銀色の輪っかがはめられる。

 え……。えええ?!私は周囲を見渡す。そして改めて比呂を見る。比呂は淡いグレーのタキシードを着こなし、目元を潤ませながら私を見下していた。


 こ、これって、もしかして、結婚式……?(白目





 常夏の日ざしに癒され、青い海に身を浸す解放感……。


 ボンソワール、樹里亜でございます。

 フランス語圏でもないのに、口からうっかりフランス語飛び出た!さすがハワイ。

 夜も夜でね、星がものすごくきれいなんですよこれ。星空をつまみにして、カクテルとか飲んじゃう!!

 しかも、強烈に魅力的なTシャツが、ハワイにもあるんですね。ボーナスも出た事だし、思う存分購入ししとります。


 とはいうものの、どこへ行ってもどういうわけか未成年疑いが発生するんでね、これ。

 比呂はいいよ、つい最近まで未成年だったんだから。私はもうね、20を10もオーバーですよ。10年成人やってるというのに、全く失礼な方々だな。

 『日本人は若く見えるから仕方がないよ』と比呂は言うが、若く見えるからって、30の女がティーンに見えるってなんだ。


 は!もしかすると、乳か?!乳が貧相だからか?!

 どれだけ薄着でも、谷間の片鱗すら見ることができないこの乳のせいなのか?!

 くぬうううううおおおお!なんという無礼な、外国人!

 いや、現在の立場では私が外国人なのだが、それはさておき!


 海へ続く桟橋は、等間隔で松明が揺れている。海の向こうには夜だというのに色づいた闇が星を瞬かせる。

 私は闇に向かって、己の怒りをぶつける。



 「乳バカにするなよー!!!日本じゃ指折りのロックバンドボーカルが、この乳だって泣いて喜ぶんだからなー!!!」

 「じじじじじじじゅりあ!!!!!!!」

 「ふんがっふっふっ!!!」


 突然比呂が私の口を押えるから、ハワイでリアルサザエる。

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もう、この手は君に、触れてしまった。 ナガコーン @nagatsukiyuko

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