第16話
サマーバケーションであります!!そうはもうしましても、一介のCDショップ店員に過ぎないこのワタクシめにとっては、週休二日の一日の事でございますけども!
長期のサマーバケーションなんて、学生爆ぜろ!
そんな学生の一部である比呂ですが、約束通りテストを乗り切ったので、こちらも約束通り、海水浴場へレッツドライブに決定でございます。この海水浴場はねー、千葉なのに熱帯魚とかうっかり見ることができる真実穴場!是非ご招待したい。
世間的には重要な高3の成績をなかなか良い状況でキープしていると母のお隣さん情報で知りえた私は、海に連れて行く以外にも何か頑張ったご褒美的なものを用意してあげたいなと思い、休憩室でスマホをいじくり倒した。
「ご褒美といえば」
聞いてもいないのにキョンちゃんが同じく休憩室でつぶやく。
「聞いてないし!それよりなぜ私の考えていることがわかる!」
「それは武藤さんが考えながら全部ひとりごとで話しているからです」
マ、マジでか。つまらないことを言っていなければいいが。
「毎日つまらない事しか言ってないから大丈夫ですよ。それよりご褒美といえば」
「聞いてないから!言わなくていいから!」
「×※〇▲……」
「聞いてないと言っておるにー!!!!!!!」
「一般的なご褒美について語っただけですけど」
「キョンちゃんのは一般的と称するに値しない!」
「じゃあ一般的でないとすると、■□〇〇※……」
「もげろー!!」
「あらやだひどい」
「うるさい!きらめくフラワーブーケにしてやる!」
とファブリーズを構えれば、キョンちゃんはやめろと言いながら休憩室から出て行った。悪霊退散成功である。
そうだ、ラーメンでもおごろう。ファブリーズを片手に脳内にニンニクがよぎった。近所のラーメン屋に集合せよと比呂にメールする。高校生男子にはやはりラーメンがよかろう。
さて、とスマホをしまおうとしたら瞬殺で返信が来る。すげえなこれ。あわててメールを見ればうちの店まで来たいという。ぬう!
しかし、ちょっと今、小林ママさんが沸騰しながら「会ーわーせーてー」と呪いの様に呟く危険人物に成り果てているので、もう少し冷えてからが良いだろう。会わせたとて、お宅の息子さんと同じような生物が登場するだけですからね、これ。
そういえば比呂と同じ高校に在籍しているという小林ママさんの息子さん。期末の数学の成績が「とんでもなかったのよ~」とさらっと言っていた。夏休みに補習に行かねばならなくて、ママさん的にはラッキーらしい。「しばらく毎日学校へ行くの~」って嬉しそうだよ!嬉しそう過ぎるよ!そんなつかの間の喜びの中に居るママさんが、「年の差年下幼馴染!」の存在価値についてまた延々と語ってくるわけだけど、ママさん小説でも書くおつもりか!会うたびにネタ提供を求めるかのごとくさまざまな質問を受けるわけだが、そういう話は息子にすればよろしい。生態はほとんど息子と同じだろうて。
比呂には、もう店を出るところだから先に行ってると返信。まず第一の難関突破。続いてファブリーズを片手にキョンちゃんをもう一度下撃退し、小林さんにはハンドシグナルで本日の予定を伝えると、ますます興奮していた。小林さんの妄想はとどまる事を知らない。小説書いたほうがいい。
真夏だっていうのに、ラーメン屋にはそこそこ行列ができていた。皆暑さを食らってラーメンなど食べる気も失せるだろうと思ったから近隣でも有名なラーメン屋を指定したというのに、皆同じことを考えているのか。手で扇ぎながら並んでいる。
その上もう比呂がいた。私が視界に入った途端、周りが一瞬すくむ様な笑顔を私に向け、また向けられた私を見て皆一様に眉をひそめる。お前ら今の気持ちをツイッターで書くなよ。
それにしても到着早すぎじゃん。いくら背の高さからくる足の長さの違いはあれどもさ、と言ったら、メールしながらもう家でてたらしい。犬だったら最高の賞もらえるくらいの働きだけど、次に誰かと付き合うときはもう少し焦らしたほうがいいんじゃないの?脳裏にゴージャスなお姉さんに呼ばれてホイホイ飛び出る比呂が目に浮かぶ。いかん。イケメンのくせにそんなちょろいのは将来不安だわ。
私が一人で比呂の将来について思い悩んでいるというのに、比呂が生ぬるい話を向けてくる。
「こうやって会うの久しぶりだね」
頬を染めながら私の手を握る。
おい、前のサラリーマン。震えながらスマホいじるなよ。何書いてるんだおい。
比呂はそのまま私の耳元に唇を寄せて「会いたかった」と呟く。おい、サラリーマン。全神経をこっちに集中させるなYO!
しかし今ここでいきなり前のサラリーマンを恫喝することはできない。弱小CDショップとはいえ、この辺じゃ唯一店舗。その従業員が暴れまわったら、さすがに店の評判に響くだろう。
私が前のサラリーマンの背中に殺気を送っているともつゆ知らず、にこにこと話を続ける比呂。
「ラーメンってでも話してる時間無いよね?」
とのんきに聞く。
「話なら帰りが同じなんだし歩きながらでもいいじゃん」
「それは……そうなんだけど」
サラリーマンが猛烈に指を動かしている。だから何を書いてるんだよう!
暑いせいか、回転が良いラーメン屋は案外早く順番が回ってきた。早くラーメン食べたい。比呂がどっかの流行の歌みたいなことを言いださないうちにその口にラーメン突っ込みたい。このままだとそのうち前のサラリーマンがポエム書きだしそうになってきているからな。
暑い暑いと言いながら、豚骨長浜ラーメンの細いバリカタ麺をするするとすすり、もちろん替え玉をして、舌の上でとろけるチャーシューも、トッピングの味玉のとろりとした黄身も存分に味わい、やっぱり真夏もラーメンだよね!とスープも最後まで飲み干し、大変満足致しました!明日のことも考えてニンニクはトッピングしませんでした!
残照の家路に、セミががんばって鳴いている。日が暮れても街は明るくて、セミも夜更かしチームになって大変だな。
「ラーメン、おごってもらっちゃっていいの?」
「いいって!比呂は期末テストすっごい頑張ったってお母さんから聞いたからそれのご褒美さ~」
「あ、え、そっか。ラーメン、ご褒美?」
「そう……え?もしかしてて何か欲しいものとかあった?」
「え、いや、べつにその」
「欲しいCDとかDVDとかあったりしたの?」
「いや、そういうんじゃないんだけど」
「そういうんじゃないんだけど?」
「……」
急に比呂は黙り込んでしまう。どうした?お腹痛くなったのか?
「どした?欲しいものがあるなら何でも言っていいんだよ?せっかくだし」
「……何でも?」
「何でも」
「……」
比呂の両手が、私の両手を掴む。手、汗かいてますけど、一体何がどうした。顔を上げると、やけに真剣だけど耳まで真っ赤になった比呂の顔が見に入る。
はて?
そうして暫し見つめあうこと数十秒。
「やっぱり、なんでもない!」
そう言うと、そのまま片手を引いて足早に歩きだす比呂。
いったい何なのだ。
比呂はそのまま黙って黙々と歩いている。なんだ一体なんなのだ。恋愛的スキル微小(前回バンドのメンバーにさらされるイベントでレベル5くらいにはなったような気がするけど)な私に、今ので何か察すれよというのはもはや不可能!
と思いながらも、急に何かがちかちかと頭の中で瞬くのが見えた。
見つめあう二人、つなぎあう手と手。
ふおううう!もしかしてチュウのご注文だったのでは!私は黙って歩き続ける比呂の背中を見上げる。そうだ。そうだ。我々は恋愛的に付き合っているんだからその程度のサプライズイベントが発生されるべきなのやも知れぬうううう。
それにしても、チュウ。なんと高きハードルを御所望なんだ。なにをどうしたらよいか全くわからぬ。 いやしかし。私は街灯の光が落ちる、比呂の横顔を見上げる。あるいは、可能か?
「比呂」
呼びかければ、「何?」と言って振り向き、私に合わせて立ち止まる。
「ちょっと」
「え?」
「ちょっと、ちょっと」
手でこまねくとなになに?と比呂が私を覗き込む。今だー!Tシャツをぐっと引っ張ると、比呂はちょっと前のめりになる。そこで高校生男子にしてはやけにすべすべしたその頬にベーゼを食らわす!
やったよお母さんんんんんんんんんんんんんん!
私だってこれくらいのスキルは発動できるんだー!!と心で力いっぱい絶叫した。頭の中ではレベルアップした時のゲーム音楽が鳴り響くわけだが、比呂はというと生物としての全機能を停止したかのように、中途半端に屈んだままになっている。
あれ、御所望品はこれでも無かったとですか?
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