第14話
「今日、来ないかと思った」
語尾が消え入りそうになるほど、頼りなさげな声で比呂がそのまま呟いた。
「約束は必ず守る。昔からそうじゃん」
比呂との約束を反故したことはないのに、何たることか。
「そう……だけど、期末終わるまで会えないって言ったから」
「ライブに行くことは決まってたことでしょー。それに」
私はエイッと力を入れて、比呂の腕の拘束を解くと向き直る。真正面からちゃんと見れば、ずいぶんと情けない顔をした比呂が立っていた。結局昔から不安になるとよくこんな顔をしていたな。大きくなったのは身長ばっかりだ。
「ファンなんだから、ライブはきっちり通わせてもらうし」
I factorはよいバンドだ。うんうんと一人納得していると、見る間に比呂が顔を赤くする。え、なんで?
「俺、今日のライブ頑張るよ!」
そうして急に張り切りだした。何がどうなったのかよくわからないが、ひとまずやる気は出してくれないと困る。
「おう!というか、こんな時間にこんなとこいてもいいの?」
「よくない!戻んなくちゃ!」
そう言って、比呂は雑踏の中を走り出す。
「見てるから、頑張るんだぞー」
その背中に呼び掛けると、行きかけた足は立ち止まって、再び私の方へ戻ってくると、もう一度ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。ぬおおおう、だからこれは苦しいと言っておるのに!
「早く、樹里亜と同じ時間の中にいたい。いつも俺は樹里亜と全然違う場所に居なくちゃならない」
比呂はそう言ってするりと腕をほどいて私を見つめる。
何だこのゲロ甘な雰囲気は!!砂糖吐きそう!
比呂はそうして私の頬をなでると、手を振りながら人ごみに消えていった。
よくわからないけど、すごい。会わない間に何があったんだ。高校生の中に流れる時間はスカイツリーのエレベーターみたく速いんじゃなかったのか?速すぎて一周回っちゃったとか?恋愛感情的なものが薄れるばかりはほとばしってるように見受けられるけども、一時的なものだろうか。このあと急激に後退していくのだろうか。ううむ。謎深まるばかりなりよ。キョンちゃんの生活態度を改める作戦はうまくいってるといいけど。
それにしても、本日の私の装いについて何か言ってもよさそうなものだが、この劇的な違いに気付かないなんて、恋は盲目とはまさにこのこと!
「樹里亜」
「ぎゃあああ!」
またしても!またしてもギャートルズである!私は驚くとギャートルズのような叫び声が出るということが本日明らかになった。あのアニメは見ていて損はないね。
「見たよ……もしかしてデートだったの?」
「え、恵美ちん……」
恵美ちんはド金髪の髪を一つに結って、トンボみたいな大きなサングラスをかけている。もう夜になるのにね!夜になるのにね!!
ゴン、っと恵美ちんが軽く私の頭にげんこつする。
「いたいー!今心で言ったのに!口に出てないのに!」
「何を言ったのか微妙に気になるけど、デートかって聞いてんの」
「デートじゃないよ!今日も番町皿屋敷のように一枚二枚とCD売ってたよ!」
「じゃあ、あれは誰でいったい何なの?」
「えーっとそれには長い長い話がありまして」
「手短に」
「ととととりあえず、早くいかないと!ライブ始まっちゃうよ!」
「んー、しょうがない。終わったらちゃんと教えるんだよ?怜が今日バンドの人を紹介してもらうみたいだからよく監視しとけと言われたけど、そんな事よりこっちが重要じゃん。怜は知ってるの?」
「怜ちゃんは知らない」
「へえー。まあいいけど、怜が言ってた比呂君という幼馴染は?」
「えーっとえーっとそれもまた後で!全部後で!とりあえずライブ!!」
私が恵美ちんを急き立てると、じろりとこっちを見た。サングラスだからどこ見てるかわからないはずなのに、すごい視線がギラギラしてますよ、恵美ちん。
ライブはというと、満員御礼当然盛況だった。学期末テストで相当ストレスがたまってたのか比呂がかなりなテンションだったし、客もがんがんあおられてて、おかげで私は若い女子の皆さんの中で緩衝剤のごとくあちこちぶつかられる。みんな落着けよううう!
サンドバックみたいになりながら、なんかこうして人は年を感じていくのだろうかと気が遠くなった。気が遠くなったのは精神的な事じゃなくてたぶん今の状況のせい。
はたと恵美ちんを振り返ると、同じように人にもまれながらも、比呂を指さしながらなんか言っている。え?なんだ?当然だけど聞こえないし。え?
唇の動きを見る。
『あ・い・つ・じゃ・ね?』
すげえ、恵美ちん。夕暮れにサングラスして一瞬しか見かけなかった比呂をそれと認識するなんてな。千里眼様とお呼びしたい。
アンコールなんか三回もやって、ライブは黄色い声に包まれながら終了した。また泣いてる子がいる。かっこよかったーって感激している。そかそかそれはよかった。因みに彼は県立高校のと言いたい口をこらえる。私は口が堅いからだ。
人の波に乗ってそのまま出口から排出される。そう言えば、メンバーに紹介したいとか何とか言ってたから、こんなカッコをしてるわけだが、比呂が気付かないくらいなら、紫外線Tシャツでもよかったんじゃないの。
出口付近で恵美ちんと合流した瞬間から、恵美ちんが激しい質問攻勢を仕掛けようとしてきた。なんか空気でわかる。すごく前のめりな空気を感じる。普段クールだし、なんでもどうだっていいじゃんっていう無類のルール破りなのに、サングラスに繁華街の電飾がごてっと反射しているさまは、冬眠から目覚めた熊みたいだ。ところがそんな空気を一切読まない声が後ろからした。
「あのすみません、武藤さんですか?」
ライブハウスの人が手招きしている。
「ああ、はい」
「あの、こっち入ってくださいって言われてます」
私は恵美ちんを掴んで、一緒に受付の方に向かう。
「え?いいの。私?」
さすがの恵美ちんも戸惑うが、ひとまず会わせて話せば早いので、そのまま連れて行く。
楽屋に通され、「あ、どうも……」とあいさつの一言でもしようと思った瞬間に何か大きなものに抱きつかれる。
「ぐふ」
ガンダムとか関係なしに変な単語が漏れる。恵美ちんが隣で目ん玉ひん剥いてるよ!サングラス掛けてるから本当はよくわからないけど!
「比呂比呂!やめれ!彼女が苦しがってるって」
なんとか無理やり引き離し、文句の一つも言おうと顔を上げると比呂の甘ったるくゆるんだ顔が目に入る。うげー。私は人間砂糖製造機になってしまうんではなかろうか。
「あれ、でもその子、近所のおねーさんとかいう人じゃん?この前とずいぶん雰囲気違うけど」
「ああ!あの面白いTシャツの子か!」
「はあ、いやどうも、比呂がいつもお世話になっています。武藤樹里亜です」
なんか彼女というよりも姉の気持ちで挨拶してしまう。というかむしろ彼女の気持ちでっていうのはよくわからない。
「あのTシャツインパクトありすぎてそっちに気を取られるけど、何か普通にかわいいね」
比呂が私の手をぎゅっと握る。どうしていいかわからないから適当感満載でほめているというのが丸わかりなのに!これが先日小林ママさんが熱く語った、独占欲か!
「警戒すんなって」
そう言ってバンドのメンバーの方々が苦笑する。ですよね、こんな現実の場で恋愛小説再現されるなんて、無いわー無いわー。
脇腹をぐりぐりされてはっと気づくと、恵美ちんが「説明して」と目で言ってる。サングラス掛けてるのにそう言うの伝わってくる!さすが千里眼様!しかし今どうやって説明すれば……目に圧縮ファイル添付できればいいのにな。なので、そう言う気持ちを目に込めてみたが、恵美ちんは、は?って顔してる。
そんな私の攻防などそっちのけな話題が降ってくる。
「これから打ち上げですけど、樹里亜ちゃんたちもどう?」
『樹里亜ちゃん』という呼び掛けに対して比呂が目からビーム飛ばす。
「えーっと、はいはい、彼女ちゃんね」
肩をすくめる、ギターの人。
比呂……まだ黒歴史作っていくのか……。他人を全く視界に入れない黒歴史作成っぷりにめまいがする。
「いや、俺、来週から期末テストなんで帰ります」
「あーそっかーテストだったか。じゃあまた連絡するよ。夏休みはちょっとツアーとかやってみたいし、その打ち合わせもやんなくちゃだし」
「わかりました」
ええ?いいの?打ち上げでないとかいいのか?と思っていたが、周囲の生暖かい視線を感じて私は押し黙る。早く二人きりになればいいよ~っていう空気で窒息する!
「じゃあおつかれです」
「あーいお疲れー」
「彼女ちゃんのお友達さんはどう?」
「じゃあ、私はせっかくなんで飲んできます~」
えー!恵美ちん!えー!!私が驚いて見つめると、しっしと払われる。
「明日ちゃんと説明してね」
と言いながら、私と比呂は楽屋から押し出された。恵美ちん。さすがの肉食系だよ。本当に高校時代からあの子の私生活全然見えない。恐ろしいわ……。
恐ろしいと言えば今隣に鎮座する黒歴史比呂なんですけど、ガッツリ手、つないだままなんですが。
「あのさ、比呂。あんたのファンとかが出待ちしてると面倒だから、先に行くよ」
「ええ!」
「ええ!じゃないよ。I factorは人気のあるバンドになってきてるんだから、ボーカルはちゃんとしないと」
「俺……」
比呂がつながれた手に力がこもる。
「比呂?」
「俺は高校生とかボーカルとかそんなのの前に、ただ樹里亜のそばにいたいのに」
真顔でそう言い切る比呂に、今私の全身の糖分が砂糖となって溢れ出し、低血糖でぶっ倒れそう!!
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