第12話
カオス!カオスである。仕事、睡眠、ライブという三本の柱によって構築されていた世界が、現在天地無用の大騒ぎである。
なぜこうなった……。
先日比呂に、「デートに連れて行ってやる」宣言をして後、来る日も来る日も浮かれたメールが来るようになってしまった。バンドはどうしているんだ比呂、学校はどうなんだ比呂と思いながらも私なりに誠意をもって返信していた。
バンドの方はそんなにたくさんライブをこなしているわけでもなく、月一程度の活動になっているらしい。何しろ比呂の都合に合わせていてくれるらしく、現在は次の土曜日のライブの予定しかない。ほう、そんなもんかと思っていたら、思わぬ方向から矢が飛んできた。
小林ママさんの息子さんは実は比呂と同じ県立高校へ通っている。ママさんはある日にこやかに言った。
「来週から期末テストね~ そしたら地獄の夏休みが始まるわ~」
天然さんのママさんから躊躇なく地獄と発せられるあたり、夏休みのママさんの労働価というものに戦慄を覚えるが、それはさておき期末テストである。何たることか、比呂。ピンクなメールで浮かれている場合ではない。学生の本分は学業である。浮かれた男女交際のために、親御さんは高い教育費を払っているわけではないのだ。
そこで私は宣誓する。テストが終わるまで連絡禁止。メールも電話もダメ。店に会いに来てもダメ。約束を破ったらデート行かない。その日のうちに電話で告げると、最初飛び出さん勢いで電話に出たにもかかわらず、血の池に沈められている餓鬼のような声を出した。いや聞いたことないけど。
こうなったら徹底しようと今週一週間全てのシフトを遅番にする。早番だと、朝一番に顔を合わすことになるからな。勝手な事だが迷惑をこうむるのはキョンちゃんだけなので気にしない。
こうしてしばらく、比呂を遠ざけることに成功した。比呂と付き合いだしたからというもの、全ての隙間時間が召し上げられていたので、しばらくはのんびりできる。こうやってちょっと距離を取って冷却期間を入れるのも比呂にはいいかもしれない。
私はそれなりに魅力はあるが、比呂がここまでメロメロになるほどの女子ではないと、少しは気付くに違いない。高校生というのは恐ろしく短いスパンで生きているらしいからな。ちょっと会わなかっただけでもしかしたら、比呂の中では気持ちの中で10年くらい過ぎてるかも!すげえ!SF!!と、暇に任せてくだらないことを考えつつ、久しぶりに21時に就寝した。明日は9時に起きる。12時間睡眠万歳。
第二の攻略対象はキョンちゃんである。小林ママさんが浮かれた推理を披露したというのに、キョンちゃんは否定しやがらないどころか、調子に乗って、思わせぶりなふりをするようになってしまった。そうしてママさんが白熱するのを眺めながら、私に向かってにやにやする。なんて嫌な奴だ。
ママさんはあまつさえ、ヘルプで入ってくれる他店の女子店員が(店舗同士で店員を補充し合っているのだ)キョンちゃんとちょっと親しく話そうものなら、まるで井戸から這い出てきた様な睨みを利かせて怖がらせる。
いかん。職場の人間関係が悪くなってしまう。ほとんどの人が信用しないけれど、私はこの店の店長代理である。店長に昇格しないのは私が遠慮しているわけじゃなくて、冗談じゃないからである。気分の問題だ。
とはいえ、このまま店内の問題を放置するわけにもいかない。実はどうせ店長代理だし~と放置する問題は多いのだが、こと、キョンちゃんに関しては私情が挟みまくられるから、一度ぎゃふんと言わせたいのだ。ぎゃふん!
どういうわけか小林ママさんは、キョンちゃんが奥手で純情だと思っている節がある。ところがぎっちょんちょんである。まじめなうえにまじめそうに見えるキョンちゃんは結構派手に食い散らかすタイプである。
私はライブに通うという趣味が無ければ、都内の歓楽街をうろつく理由は皆無だし、キョンちゃんもいろいろライブはいくけど、微妙に趣味が食い違うから、私がいつどこで歓楽街をふらふらしているかなんてキョンちゃんは知りもしないだろう。
しかし私はほとんどうろついている!何しろ、給料の全てをライブにつぎ込んでいるくらいだからな!
そこで取り出したります、この写メですよ。これはですね~グフ!私が偶然撮影に成功した、キョンちゃんのラブラブ写真でーす☆
きょへー!!街中でラブチュウしてるとかイカレテルヨネ!
比呂に言われてスマホにした甲斐があった。携帯と写真のレベルが違いすぎる!実はこうして女子とべったべったしているキョンちゃんを見かけたのは一度や二度じゃないし、その上いつも相手違うしな。普通だったら、見て見ぬふりをしていたんだが、ここ最近のキョンちゃんに、いつか仕返ししてやろうと思っていたので、この度撮影に成功しました。
やられたらやり返す!何倍返しがよろしいか!
私の勝手な都合で早番連打されているキョンちゃんが、ちょうど私の休憩時間にお帰りのお支度である。
「武藤さん、なんでこんなめちゃくちゃなシフト組んでるんですか」
「いいじゃん、キョンちゃんどうせ暇じゃん」
「例の彼氏と早朝デートでもしてるんですか?」
「ぶほあ!」
「ちょ、唾汚い……」
「あほか!自分と一緒にするな」
「へえ、じゃあ」
そういうと、キョンちゃんは無駄に高い身長を駆使し、狭い店の廊下で長い手が私を封鎖した。
それでもって、ゆっくりと顔を下げて、ちょうど私と目線を合わす。
「俺を意識しちゃって遠ざけてるんですか?」
はっと横を見れば、店への扉の隙間から、小林ママさんがにやりとこっちを見ている。
くっ!!!この策士め!この状況、小林さんのごちそうになってしまうううう!
私はポケットを探り、(今日はジッパーはちゃんとしまっていてよかったとちょっと確認しつつ)スマホを取出し、下を向いたまま画像を検索する。そうして、目的のブツを至近距離のキョンちゃんの目の前につきだした。
「なにこれ」
「ひかえ、ひかえおろう!!!!」
「は?」
「この写メが目に入らぬか―!!!」
私がそう言うと、キョンちゃんはやっと身を起こしてしばし私のスマホをじっと見る。
「これ……」
絶句するキョン。くは!いい気味だ。
「これ、いい感じで撮れてるから、今度恋愛ドラマDVDコーナーのポップで使おうかなあ」
「な……」
さすがのキョンちゃんも凍る。
「さあ!控えおろう!まじめな顔して結構女遊びしまくってるこの証拠の数々!これで二の句は告げまい!!キョンちゃんの無礼、全く許し難い!しかしながら、この画像一つでおとなしくなろうものなら、この樹里亜さまとて鬼ではない!水に流してやろうじゃないか。ははははは!」
どうだと横を見る。
あれ!小林ママさんいないよう!!ええ!今一番の見どころだったのにー!
ママさんの不在に、おろおろしていると、先ほどまで完全に控えろと言われるまま控えておったキョンちゃんがにやりと笑った。
ここ最近で一番嫌な笑顔だ。壁を背にしたままの私の顔の横にバーンと片手をつくと
「ひかえおろうって言えばいい?」
と言いながら、スマホを取出し私に画面を見せつける。
そ!そこには!!私が先日、比呂にギューギューされていた時の写真がバッチリうつっていた。
はううううああああああああああああ!
「これ、DVDのコメディコーナーにポップで使っちゃおうかな?」
「う……きょ、恭介め……」
まさにうなるしかない。やられたらやり返してさらにやり返される!!
「でもこれ、見たところ彼氏さんは武藤さんにメロメロっぽいけど、武藤さんはさっぱりだよね。残念。武藤さんがメロメロのところ見たいのに。ねえ、武藤さん」
そう言うと、キョンちゃんはさらに顔を近づけて耳にささやく。
「彼氏がまだ落としきれてないなら、俺も参戦しようかな。面白そう」
視線を感じてはっと横を見れば、小林ママさんが!!なぜ今見てる!!
キョンちゃんの切れ長の目がこちらを見下しながら、意味ありげな視線をくれる。
「とうううううう!」
私は一瞬の隙を見て、キョンちゃんの細く長い指を空手チョップした。油断していたキョンちゃんの手からスマホは滑り落ち、うつぶせに着地した。変な音立てて。
「あああ!」
さすがのキョンちゃんが動揺する。
ふふふ、恐れ入ったか!ポケモンじゃあるまいし、メロメロさせようとするなんて不届き千万!
やられたらやり返して、またやり返されたらやり返す!
罰当たりだ!
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