第10話
「武藤さんの彼氏は、センザンコウとか好きなタイプですか?」
「はあ?センザンコウ?」
キョンちゃんはポケットからスマホをこっそり取り出すと画像を見せてくれる。
「え?なにこれ、というか、そんな話聞いたことないけど」
「そうですか」
「なんで?」
「いや、武藤さんを好きなんて、珍獣好きとかそういう心理なのかと」
ピー!とレジが変な音を立てた。レジ締め操作中にキョンちゃんがバカなことを言うので変なスイッチを押してしまった。
「ああ、ダメですよ、それ押しちゃ」
キョンちゃんは何事も無いようにエラーを解除する。
「人を珍獣扱いするな!」
「俺はかわいくて好きですよ、武藤さんの事」
え?え、今!今ちょっとそれなに!!
私は勢いつけて振り返る。キョンちゃんはじっと私を見ていた。
まさかの、まさかのモテ期が私に到来したのか!
「ハダカデバネズミみたいで」
そういうと、にっこりとほほ笑んだ。
「なんだと!恭介!!ぜってーハダカデバネズミの巣窟に叩き落としてやる!!」
「へえ、光栄ですね。アフリカに連れて行ってくれるなんて」
くっそううううう!
「ほら早くしないと、彼待ってるんじゃないですか?」
は、そうだった。うっかり比呂を忘れるところだったぜ。
「腹立ったから、店締めるのキョンちゃん一人でやってよね」
「いいですよ、別に」
かわいくねー。全くかわいくない。絶対仕返ししてやる。家に帰ったらあばれはっちゃくコースだぜと、ローカールームで鼻を鳴らしながら制服脱ぎ捨て、戦隊ヒーローもかくあるかという勢いで着替えを終了させると、とっとと向かいのマックへ向かう。
途中キョンちゃん横をすり抜けるときに「え、そのかっこでデートですか?」という最近聞き飽きたセリフを投げられるが無視だ無視!
「おつかれさまですー」といういつもの通り、気持ちのかけらもない声が後方から聞こえたが、ドアを開ければ喧騒がキョンちゃんの声なんか吹き飛ばしてしまう。
さーて、マック行こうっと。
お店に入って一通り見渡せば、すぐに比呂は発見できた。というか、お店にいるお客さんの女子たちが何となくちらちらと比呂を見ているので、その視線の頂点を探せば簡単に見つけることができる。
なんていうのこういうの、三角法?等と考え込んでいたら、比呂の方も私を見つけて笑顔で手を振った。
するとその場にいた女子どもが一斉に私を見る。そして一斉に眉をひそめた。確かに今日の非常事態Tシャツはインパクトが強すぎるかもしれない。
でも、比呂はそんなこと気にしない。しっぽ振り切れるんじゃないのというくらいの笑顔で私が行くのを待つ。
「ごめんね、待たせちゃって」
「いや、別に……。こういうのやってみたかったし」
そう言うと、真っ赤になってうつむいた。本当に、大丈夫だろうか、このイケメンは。赤い顔をしてコーラ握ってる比呂を見る。まだ方々から興味というか嫉妬というかいろんな感情がないまぜになった視線が思いきり突き刺さってくる。
「そろそろ行こうか?」
と私が言うと、比呂はあわてて顔を上げる。
「もう?」
「だって、ほら、比呂ママだってご飯作って待ってるだろうし」
「そ……うか。わかった」
残念そうに立ち上がる。すると、タイが釣れた如くに周囲の視線が上に行く。私も見上げながら比呂の顔をしげしげと見る。確かになあ。確かにイケメンさんなんだ。
比呂はゴミ箱にカップを捨てると、はい、と手を差し出す。え、なんだろうか。なにか渡すものあったっけ?と考えている私の手をそのまま掴んで、そしてお店を出てからはしっかりと握られる。
うおおおう!手をつなごうということだったのか!
見上げる比呂の後頭部越しの耳が赤く、本当に、本当に比呂は私の事が恋愛的な意味で好きなのかと、改めてその事実に驚愕する。
そうだ、確かに、キョンちゃんみたいに『珍獣が好きなんで』みたいな理由があれば納得したくなくてもなんとなく説明がつくような気がする。
実際、比呂が訳の分からない動物を育てたりはしてないし、そんな話聞いたこともない。じゃあ、なんで?そう、なんで私が好きなのか。
もちろん私は私が好きだ。周囲にはあれこれ言われるが、迷惑かけているわけでもないし、楽しくやって行けていると思う。付き合う期間が長くなるにつれ、するめのごとく味わいが出る人間だと自分を評価している。けれど、それと恋愛感情は別物だ。いくら私が私を好きでも、そこに恋愛感情はない。ナルキッソスの様にな。
相変わらず比呂は黙っているし、ちょっと聞いてみるかと、握られた手に力を入れた。
すると比呂はこっちを振り向く。
「あのさ、比呂ちょっと聞きたいことが」
「なに?」
「比呂はさ、私のどこが好きなの?」
と何気なく聞いたつもりが、途端に比呂は赤い顔をますます赤くした。手なんか汗かいてきちゃってるし。なんかまずいこと聞いたのか?
「ど、どこって」
「ハダカデバネズミみたいだから?」
「は?なにそれ」
「いや、キョンちゃん、ってあのうちの店のバイトの子がさ」
「……さっきの人?」
「うん、そうそう、それで」
「さっきの人さ、大学生くらい?」
「え?うんまあそうだけど」
「いつから働いてんの?」
「えっと、あの子が1年の時からだから、もう2年くらいかな」
「シフト、毎日?」
「いや、週3くらいかな、って……」
そう言って見上げた比呂の顔がすごく暗くて、いったいどうしたものかと怪訝に思いながらも、この私の鋭い感性が読み取った!!
や、やきもち!やきもちをやいている!!食べる方じゃなくて!
な、リアルにやきもち!!数年前に読んだ少女漫画の世界でしか見た事がない事象が今現在ここに!!
「あ、あの比呂。あのね、キョンちゃんは別になんでもないからね?」
恐る恐るそういうと、はっとした顔をして比呂はふと私から視線を逸らした。
「……ごめん」
比呂は小さな声でそう言った。そうして道路の真ん中で立ち止まってお互いうつむいてしまう。ぐは!なんだこのうれしはずかしカップルは!
「いやあのえと」
空気を変えようと思うがいい言葉が見つからない。すると、とまどいがちな小さな声が頭上に降ってきた。
「なんかさ、なかなか会えないし、一緒にいる時間も短くて、それなのに、あいつはずっと樹里亜といるのかなと思ったらなんか……なんかごめん」
そんなことを真剣なまなざしで今言われているこの状況を私は如何にすればよいのか!!ハダカデバネズミじゃわからないよううううう!
「えと、うんあの、さ。わかった!今度デートしよう、比呂。比呂の好きなところへ行けばいいさ」
「え……デー……」
デ、と言った瞬間から沸騰しそうなほど比呂が赤くなる。
「来週の日曜は、比呂が大丈夫だったら比呂の好きなところへ行こう」
「……好きなところ……」
「そう!考えといてよ。ああ、比呂の予定が無かったらでいいんだけど」
「だ、大丈夫。ライブその日はないし」
「そっか、良かった!」
笑顔を向けると、比呂は私の手をぎゅっと握って笑い返した。いい笑顔だ。昔から変わらない。近所の駄菓子屋一緒に行こうと言った時と同じ顔をしている。
「俺さ」
「うん」
「樹里亜の事好きだから」
「う」
「うちさ、小学生のころから、親が働いてて、家にいなかったじゃん」
比呂はそのまま前を向いて話し始めた。私たちは繁華な街並みを駅に向かって歩く。
「年が離れているから兄貴はもう家にいなかったし、学校から帰って友達と遊んで、それで夕方家に帰って、それから母親が帰ってくる数時間の間がすごくさびしかったんだ。だんだん暗くなってくのに、誰もいない感じがさ。でも、樹里亜が毎日遊んでくれたじゃん」
言いながら比呂はまたつなぐ手に力をこめる。
「今思えば、樹里亜はあの頃もう今の俺くらいの年になってたのに、毎日小学生の俺と遊んでくれてさ。樹里亜のそういう優しさがすごくうれしかったんだ」
はにかむ比呂を見上げる。いやまじで。まじでそれが理由なのか!
「あの時からずっと、もっと一緒にいたいってそう思ってた。あのころからずっと好きだったんだ」
いや、いやいやいや待て。いやこのタイミングで言っていいものか。私はポケモンカードゲームしてくれる友達が比呂しかいなかったからなんだけど!マリオカートやってくれる友達が比呂しかいなかったからなんだけど!
「樹里亜だって、友達とカラオケ行ったり出かけたりとかいろいろあったはずじゃん?それなのに、帰ったらすぐに俺んち来て、『遊ぼう』って。俺の子供時代をすごく大事にしてくれた。だからこれからの樹里亜の時間は俺が大事にする」
急に立ち止まると、比呂は真正面から私を見る。大いなる誤解をどうしようかと思っているうちに、ギュッと抱き寄せられた。
うげ!どうするこれ!比呂の唇が耳を掠めた。
「だから、今すぐにとは言わないから、いつか俺を好きになって」
小さくささやかれる掠れた比呂の声を聴きながら、私は、どきどきと音を立てる比呂の心臓に心の中で語りかける。
比呂、それ恋やない……たぶん。
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