第8話

 人は見た目で判断しちゃいけない。巻き髪で唇がぷるっとしてて目の周りが真っ黒でまつ毛が扇でナイスバディ―なカリスマOL怜ちゃんが、これ全部食べているんです!!

 テーブルの脇を通る人に皿の枚数凝視されるバイキングですが、大概の人たちは「この痩せの大食いが!」という雰囲気を滲みだしながら私に一瞥くれるけど、これ違うからね。これ、今目の前でしずしず咀嚼している人が全部食べているんですからね!

 「相変わらず怜ちゃんすごいね。お腹に蛇でも飼ってるの?」

 「くだらないこと言ってないで、早く食べちゃいなさいよ。もう一つ用事が増えたんだから」

 「怜ちゃん……もしかしてこのバイキング食べる為にこのショッピングモールまで来たとか?」

 「テヘペロ☆」

テヘペロじゃねーよ。とてもそんなスピードで食べているようには見えないのに、ものすごい勢いで食料がなくなっていきますよ、あれ、あの海賊みたいな感じで。本当は口の下にもう一つ獰猛な口隠してんじゃないのというくらい。なんかそういう悪魔の実とか食べてるんじゃないの的な。

 昔からそうだけど、これ見てるだけで私はお腹いっぱいだよ……。

 「樹里亜、食べてる?あんた全然食べないからいつまでたっても胸が貧相なのよ」

 「な……食べたものが胸に移動するわけじゃない!」

 そういうと、もしゃもしゃしながら怜ちゃんが見ろと言わんばかしに胸を寄せる。はーすごいおっぱいちゃんですね。知るか!

 そんなこんなでなんとなく壮絶な感じのランチが終了。

 「さてと、比呂君と連絡取れるの、あんたは?」

 「あ、あのさ、怜ちゃん、彼女のいる人に、私の彼氏のふりをしろというのは幾らなんでもヤバくないかと」

 先ほど一生懸命顎を動かしたせいで、あばれはっちゃくらなくても結構血行が良くなった脳みそで導き出した意見を述べてみる。

 「んー、確かにそうね。高校生のカップルなんてライスペーパーのごとく水に弱いし」

 え、なんでそこでライスペーパー?ライスペーパーが必要なヤバい取引でもしてるんだろうか怜ちゃんは……と私があさっての方向に真剣に思考を詰めて、ふと目を上げると怜ちゃんが明らかに呆れた感じで見下していた。

 「まあとにかく、あんたと話しててもいい考えが浮かぶような気が微塵もしないから比呂君によく頼むわ」

 「えー?大丈夫だよ。比呂は高校生だよ?ここは社会人としてすでに7年も経験のある私を信じるべきじゃない?」

 「恋愛経験としては絶対的にあんたが劣ると思うけど」

 フフフ。怜ちゃん。恋愛経験なんてあいつの方が絶対的に劣るんだぜー!あいつあいつってば!と黒歴史を披露してしまいたい衝動にロックがかかってしまう。全く万能だ。私の口の堅さと言ったら私一個人の感情さえも即座にブロックしちまう。

 それでやっぱりニヘニヘと笑っているしかない。

 「ね?後悔するようなことになって欲しくないのよ、樹里亜には。25歳にもなってさ」

怜ちゃんの目に同情上乗せされてきた!大きな黒目の上に黒縁されてさらにまつ毛が扇ときたら、もう黙るしかない。これ以上何かを盛ったら目が取れる。ポップアイの様にな。

 そこで私は言われたとおりに携帯を取り出す。

 そして私は恐ろしいものを目撃するんだ。

 比呂からのメールが!!


 from 比呂 subject 無題


 樹里亜、明日休み?俺明日休みなんだけど



 from 比呂 subject おはよ


 休み?メールして



 from 比呂 subject 無題


 どっかいくの?



 from 比呂 subject 無題


 いまどこにいんの?



 ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!

 昨日の夜からメール全然見てなかったとですよ……。携帯なんてあって無き様な使用法をしているなんて怜ちゃんと恵美ちんくらいしか知らない樹里亜裏情報!

 こ、これはどうするか。今メール見ましたテヘ☆とでも書くべきか……。

 私が携帯を見ながら凍り付いてると、怜ちゃんがいぶかしげに私を見る。

 「何?借金返済の催促?」

 いや、もしかしたらそれより先が読めない……。

 「え?冗談じゃなく?」

 「借金じゃないよ」

 「じゃあ他に何?」

他が思いつかないという私の人生の可能性についてしばし瞑想しそうになる。

 「いやあの、うん。大丈夫。とりあえず帰る」

 「本当に大丈夫なの?」

怜ちゃんが58分の3くらい本当に心配してそうだから、私は幾らか微笑む。

 それで急いで車に戻り、エンジンをかける。メールの内容を根掘り葉掘り聞きだそうとする怜ちゃんを少々黙らせるために、サイドブレーキを使うというFF的ドリフトを邪魔のないところで敢行し怜ちゃんを撃沈して、フィットはオザケンのカローラのごとく軽やかに家路へ向かった。



 ドリフト気味に駐車場に車を停める。これをやると母が死ぬほど怒るけど今ちまちま駐車何ぞやっておれぬ。

 満腹に食べた後のシャッフルで、いささか気分が悪そうな怜ちゃんを車内に残し、とりあえず比呂に連絡を取らねばと、車から流体物のような勢いで降りて、携帯を取り出す間もなく、目の前に比呂が立っていた。

 「あ……」

 あ、しか言えない。こういう時の第一声は、やはり人は「ん」ではなく「あ」なんだ、さすが50音!と思っていると、怜ちゃんが車から降りる音がした。

 「ちょっと、樹里亜、いい加減に……って?」

怜ちゃんの頭にハテナがみえるので、改めて紹介する。

 「えと、比呂だよ、怜ちゃん」

 「えー!あの比呂君か!思った以上のイケメン君になったのねー!」

怜ちゃんは何だか親戚のおばさんのようにしげしげと比呂を見る。比呂はにこりと愛想笑いをした。こういう大人への対応っていつできるようになったんだ比呂。

 「お出かけ?」

 「え。うんそう、まあ」

 「そう言ってくれればよかったのに、心配したし」

 「ええ?いやあの」

あわわわ、出かける約束を比呂に話してないとかなんとかってこれじゃまるでなんか特別な関係にありそうじゃないか私たちが!

 「あれ、普段仲良しなの?樹里亜と比呂君は」

え?と意外そうな顔をして私と怜ちゃんを交互に見る、比呂。

 「いやだって、俺らは」

 「わーーー!!」

私はあわてて叫ぶ。

 「わー?」

怜ちゃんがあからさまに怪しいという顔をする。

 「いやあの!本題が!本題を何とかしなければ!」

まるでアホのエキストラみたいに叫ぶ。

 「どうしたの?なんだかあんたさっきから様子が変よ。いつもの事と言えばそうだけど」

 「いや!いや全然平気!いつも通り様子がおかしいだけ!」

 「そう言われるともすごく説得力あるけどね」

私はまたニヘニヘ笑ってごまかす。不意に視線を感じて上を見れば、比呂が無表情で見下している。

 「そうそう、比呂君、この子になんだか人気のあるバンドの人を紹介してくれるって話なんだけど」

怜ちゃんはずばり本題を切りだした。ふーー。さすがカリスマOLちゃんだぜ。ただのおっぱいちゃんとは違うんだぜ。

 「紹介?」

 比呂の声が一つ低くなる。

 「私ね、樹里亜にバンドやってる人とか紹介されるのはちょっとアレだなと思うのよ。もう25歳にもなるけど彼氏の一人もいたことないし、その辺中学生並みだから、変な男につかまってほしくないの。だから、もしこの子がどうしてもそのバンドの人に会いたいというなら、きっちり見張ってもらうとか鎖でつないでもらうとかしっかり首輪つけとくとか、そういう何らかの防御策なしというのは困るのよ」

 え?え、ちょっと待て。途中から変じゃないか? 

 「わかりました。でも紹介なんてたいそうなものじゃないんで、ちょっと出待ちするだけですし、俺ついてますから、大丈夫ですよ」

 「そう?比呂君がそう言ってくれるとすごく安心するわ。彼女いる人に、樹里亜の事押しつけて申し訳ないんだけど」

 「彼女……ね。大丈夫ですよ、本当に」

 「ありがとう!7歳も下の人に樹里亜のお守りとかごめんね」

 「いえ、近所ですから」

 「なんかしっかりしてるねー!良かった、これなら安心よ。じゃあ、樹里亜、私帰るわ」

 「ええ?怜ちゃん、せっかくだからうちに寄っていかないの?」

 「ああ、この後デートでね。歩けばちょうどいい時間になるし。それじゃねー」

怜ちゃんは足取り軽く駅に向かって歩きだした。あんなに食べた後、シャッフルされたのにな。さすがの胃腸だぜ。胃腸が丈夫だからおっぱいちゃんに違いない。

 だって私はさっきから胃が重くて仕方がないのですが。

 ちらりと上を見ると、がちりと比呂と目が合う。

 「あの、あのいろいろとごめんね。メールもさ、うっかりチェックし忘れちゃうし、あのバンドのメンバーと会わせてくれる話も、なんかちょっと話がうまく怜ちゃんに通じなくって、あれあの人さ、なにしろ脳みそが胃袋なもんだから、ちょっと思考がアレで」

 「わかってるよ」

 そう言ってこちらを見つめるまなざしがいやに切なげだ。

 「俺なんかが彼氏だって言いにくいのは判るし。メール得意じゃなさそうだっていうのも、なんとなくわかるし。ずっと」

そう言って、比呂は私の頭に手を置いた。

 「ずっと見てきたから。ただ心配しただけ」

 傷ついているような顔をしてるのに、比呂は無理に笑った。

 置かれた手がするりと髪を撫でていった。

 「荷物あるんだろ?持ってくよ」

そうして車の方に歩き出す背中に私は言う。

 「比呂が彼氏だと言いにくいわけないよ!比呂は自慢の彼氏だよ!」

すると、比呂はその場に立ち止ってしまう。

 「ね?比呂」

そう言って覗きこめば、ぐは!!!湯気が出そうなほど顔真っ赤なんですけど!

 そんな比呂を見ていたら何とも言えない気持ちになった。胸に何かが集まってこみ上げてくるようなこの気持ち!これは!これがもしかして!


ヒロタソモエーーーーーーーー!


 

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