第5話
ふおおおおおお!私はにわかに閃いた。
あのメールを受信してのち、あまりの羞恥にベッドを転げまわりながら、三点倒立からのまさかのブリッジに成功し、そのままひらめけー!ひらめけー!と唱えたなら、自室のドアがいきなり開いて
「うるさい!何時だと思ってるの!あばれはっちゃくの真似などやめなさい!なんであなたがあのドラマ知ってるの!テレビばっかりもいい加減になさい!」
と、いい年して大目玉くらった。うるさいことを怒られるはずなのに、続いてテレビまで注意される。なんで怒る内容を統一できないのかね、母親ってやつは。
さて、そんな夜中のあばれはっちゃく効果で、私はまさに閃いたのである。
さすがあばれはっちゃく。逆立ち及びブリッジによって下がった血液が脳みそに十分な酸素を送り届けた結果未知なる力を引出しとかいろいろほら!血の巡りがよくなったから急に難しい言葉がスラスラ出てくるよ。
そう、結論から言おうか。
比呂は何と言っても天下のイケメン様である。男くさいタイプじゃなくって、目鼻立ちはパッチリしてるし、髪はサラサラで側に立てば背が高いなあと思うけれど正面からだとそれを感じさせない、品の良い貴公子みたいなイケメン様である。
そんなイケメン様はその外見に沿う行動が期待されるだろう。王子然としたイメージかもしれない。逆にあの柔和な雰囲気からのまさかの肉食系かもしれない。
でも、比呂が周囲のご期待に応えることができるほど中身がイケメン様では無い事を、幼いころから見てきた私は知っている。
それではいかんのだ。この先の長い人生、イケメンと言う看板を背負って生きねばならない比呂のその肩の荷を、近所のお姉さんのよしみで少しでも楽にしてあげたい。
ならばあの、好きな相手にツンケンを、中学から6年続けたあげくの今更のデレという、ツンとデレの間にサッカーであれはないよ翼君と言えるほど馬鹿長いゴールまでの距離にも似た間まを使う、とんでもなく桁外れで気の長いツンデレを黒歴史で披露したくらい恋愛に不器用な比呂の、今更やってきた初恋に、私は付き合ってやるべきなんじゃないかと。
初恋と言うのはそもそも実らぬものである。
私との付き合いなど、泡沫の夢程度であっても、デート一つ経験してるかしてないかで、次の恋での立ち居振る舞いが圧倒的にスマートになるのではないか。
手をつなぐだけで震えちゃうイケメンなんてまるで需要が無いに違いない。好きな女の名が入った歌を歌うなんて今時それはない。まさに残念なイケメンという烙印を押されてしまう前に、この私が踏み台になってやろうではないか。
私とて男女の付き合いはインエクスペリエンス。しかし、ほとんど聞いたことない洋楽のアルバムにまるで100回聞いたかのようにお客さんと熱く語ることができるこの私の能力を、ここで発揮するべきだ。一人のか弱い幼馴染を救うために。
怜ちゃんの衝撃的な意見に流されてはならず、私はこの双眸で見つめてきた比呂の18年の人生を思い浮かべて、把握しているその性格の方を信じるべきだ。
あいつにそんな度胸はない。だからこそ、デートしたり手をつないだり、彼女と過ごすという実体験に慣れていけば、その後の恋愛で、怜ちゃんが言うような機会が回ってきたときにあわてず騒がず乗り切れるだろう。
後は盛りの猫になろうがサルになろうがウサギになろうが知ったことではない。
とにかく、今ここで、比呂を振った挙句の果てに、今度のライブで「ジュリアに傷心」でも歌われたらもう、取り返しのつかない事になりそうだ。いやだ、あまりの予感に寒気がする。
比呂の人生の為だ。近所のお姉さん的マル秘大作戦を明日より決行する!
さて結局何が結論だったのか、ちょっと眠くてよくわからなくなった。もう寝るか。
爽やかな朝がやってくる。
私が出勤のために、玄関のドアを開けると、比呂がちょうど通りかかるところだった。
「おはよう、比呂」
と、私は普段よりも数百倍爽やかに声をかけた。すると比呂はちょっと頬を赤らめてうつむきがちに「おはよう」と言う。近所のお姉さん的にはこれはこれでかわいらしくも思えるが、世の中はそんなイケメンに需要はない。イケメンが恋人と朝顔を合わせたなら
「おはよう、ハニー。悪い子だ、朝から僕を誘うのかい?」とかなんとか言ってチューの一つも繰り出すという。
とはいうものの、比呂にそんな男になってほしいとは全然全く思わない。かなりな確率で黒歴史の上塗りになってしまう。というかこんなセリフを頭によぎらせる私の恋愛スキルの低さに呆然とするけど仕方がない。
とにかく、朝、彼女に会ったらまっすぐ目を見て「おはよう」と歯を光らせてきゅんとさせるくらいの技術を獲得してほしい。
明日から、私はこの時間に毎朝比呂に遭遇しようと思う。マル秘作戦その①だ。
そのまま私たちは連れだって、比呂は学校へ私は駅へ向かう。途中まで一緒に歩いているが、比呂は終始無言。なんだこれ、傘地蔵かよ。
左折すれば高校、という段になったので私は「じゃあ、学校頑張ってね」と言う。
すると比呂はさらに顔を赤くして「うん、じゃあね」と言って通学路を歩いて行った。
初々しすぎる。よかった私で。別の女子だったらもう別れているかもよ。
そんなこんなで今日も一日いつも通りつつがなく音楽に囲まれた仕事をこなした。今日は早番だからまだ日が出ているうちに帰路に着ける。ライブもないので、家に帰ってまたケーブルテレビであばれはっちゃくでも見るかと、コンビニでビールとよっちゃんイカを買う。
マンションが近づくと、エントランス付近に比呂と同じ県立高校の制服を着た女子がうろうろしていた。まさか比呂がヒロだともうばれたのか?と思ったけどあのバンドはまだそこまで有名じゃないからなあなどと思いつつ、ぼんやり眺めていると、彼女の方もこちらを見ている。え?いやまさか。私じゃないだろう。私じゃないだろうとその横をすり抜ける段階になって「あの!」と当然呼ばわれる。
びっくりしてその子を見ると、これまたべっぴんさんじゃありませんか。
比呂の通う県立高校は、県立にしちゃ制服がかわいくてそこそこ人気だった。この子も抜群に似合っている。長い黒髪が肩の下まで流れて、女子高生三大謎の夏なのにニットのベスト着て、半そでをちょっと折り上げてて、ハイソックスだ。絵に描いた様な女子高生だ。
比呂はこういう子と付き合えばいいのになあと思っていると、そのかわいらしい口元が開いた。
「佐久間君の彼女さんですか?」
佐久間とは比呂の名字である。昨日の今日で彼女かと問われることになるとは!登校の時を見かけたとて、たまたま近所の人と時間が一緒になったのだろうと思った方が自然な流れだ。
「え、なんでそれを?」
「佐久間君の彼女だって、今日スマホで写真見せてもらったので」
は?え?は?あいつ……なんて恥ずかしいことをしてるんだ。まだ黒歴史を塗り替え中なのか!
私が著しく動揺してると、その子は白い腕で、肩にかけたカバンの手提げ部分をぎゅっと握った。
「こんな、ひどいです、こんな」
「え?」
「佐久間君の彼女が、こんなきのこババアなんて、ひどい!!!!ひどすぎます!!!」
そんな言葉を投げつけると、彼女は泣きながら走っていった。
改めて女子高生のネーミングセンスには感服するけど!ちょっとひどすぎやしませんか!!
確かに私は、茶色く染めた髪がマッシュルームのごとくのおかっぱだけど。これすっごく気に入ってんのにな。それをきのことは……。的確過ぎて文句言えない。
きのこごときであれほどひどいを連発されたわけじゃないだろう。
彼女の視線は私を頭の上から足の先まで一巡したのだ。服か?怜ちゃんがまじめな顔で悪しざまに言うから、そんなあんた大袈裟なと思ってたけど。
私は自分をマンションのエントランスにある自動ドアに映す。今日もピカピカで鏡のようだ。
そこに映る自分を眺める。ど根性と筆で書かれた文字が目に痛いTシャツに、ハーフパンツにスニーカー。そしてリュック。これは、そんなにひどいだろうか……。
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