第4話
アンコールを三回やって無事ライブは終了した。比呂はあのままキャップ取って歌ったもんだから女子の皆様ヒートアップ!なんか隣の子が泣いてたし。あいつはマイケル・ジャクソンじゃないぜ?その上、手を振り上げるものだからその肘めっちゃこっちに入ってくるんですけどね。そんな感じでそりゃすごい盛り上がりでしたけども。私の方はですね、人の黒歴史の瞬間を見たような気がして、ほとんど生きた心地がしませんでした……。
とにかく、先ほどの比呂の行動が、もしかすると「ネタにマジレスwwww」っていうレベルだったら、お姉さん、今までのこと全て流して笑って受け止められるという、聖母のような慈悲深い気持ちでライブハウス周辺をうろうろですよ。立ち止まる勇気もなければ、気付かなかったことにして帰ることもできない。
常識的な考えたらよ?私の方が7歳も上だし、その上別にぱっとした感じでもないどっちかという非モテの裏道を駆け抜けてきた様な私を、あのイケメンボーカリスト(18歳・高校三年)に好かれているという事実は、なかなか乙女的な衝撃がある一方、え?マジで?いや無いでしょ、7個下とかないでしょっていう樹里亜的な衝撃が上回るんですよもう25歳ですからね。
いやあのね、私だってだてに25年生きてきたわけじゃなくて、そりゃアレだけ派手なことをぶちかましてくれたからにはね、私の事好きなのかなくらいには察することはできなくもない。
でもさ、その好きな女に向かってその名前が入った歌をライブハウスのステージで歌うとかね。
なんという黒歴史!まさに片思いの男子の前で西野カナ歌っちゃうレベル。あれだけのイケメンに成長したのに、くろれきしなんてやめてやめてやめて。
だからこそだ。だからこそ言ってほしい!あれはネタだったのだと!
そう思いながらふらふら彷徨っていると、ポンと頭に手が置かれる。音が鳴りそうなほど不自然にゆっくりと振り返った。
そこには我が家の近隣県立高校の夏服の比呂が、ちょっと頬染めて立っていた。
うわあああああああん、これネタじゃないっぽい!!!!!
そのままコンビニ前で二人並んで立ってましてね。なんていうのこういう、甘酸っぱい状況適齢期は、もう7年前に卒業してきたんでね、私の黒歴史になるのではと巻き込まれた感いっぱいな気持で隣に立つ比呂を見上げた。
耳、赤いとか。もう消えたい……。
「あのさ」
不意にその横顔がしゃべりだす。
「あの、分ると思うけどさ」
ハイわかります!ネタですね!!!!って言えたらいいんだけどね!!!言えないでしょこの雰囲気!それくらいの空気は読めるんだぜもう25歳だから!
「なんていうか、その、おまえの事が好きで」
はーい終了―!!私のかすかな望みは消えうせた!!マジで黒歴史作った!こいつマジで黒歴史作ったよ!しかも畳み掛けるように!これだけいくつも黒歴史ビーム打ちまくったらもうね、ライフはゼロよ……。比呂のお母さん、なんであなたの息子はこうなってしまったの。見た目はこれだけハイスペックに作ったのに!っていやそうか、比呂のママンはドイツロマンチック街道な人だった……。この親にしてこの子ありってね、昔の人はようゆうたよ。
頭の中で独り相撲を展開していたら、終始無言の私をいぶかしげに比呂が覗き込む。
「聞いてる?」
「聞いてるけど……その……私としましてはどうしてよいのやら……」
「どうって、俺と付き合えばいいじゃん」
俺と付き合えばいいじゃん俺と付き合えばいいじゃん……。なんて黒歴史!!血が引いていくぜ。
「いや、ちょっとあのね」
「樹里亜……からしたら突然の事かもしれないけど」
ちょ!もう呼び捨て!しかも戸惑い気味?甘酸っぱすぎて気を失いそうだ……。
「いやあのね、あの冷静に考えてほしいのよ。私はさ」
「嫌になるほど考えた。年の差のことだって、ものすげえ悩んだよ。知らないだろうけど俺、結構告られるし、かわいい子とかそれなりにいたし、その子のほうがいいじゃんとかってマジですっげ考えたよ。でもダメだった」
「諦めるな!」
「は?」
「いや、諦めることを諦めるな!」
「何それ?好きな女にそんなこと言われたら普通に傷つくんだけど」
ひいいいい!脳内は桃色だし、心はガラスだし!なぜにこいつは私を黒歴史に貶めたいのか!なぜに近所の昔よくかわいがってくれたお姉さんポジションで居させてくれないのか!なんだろ何かの復讐か?!
「おまえが、俺の事をそういう風に見てないのなんか知ってたから、これからそういう風に見てくれればいいし。時間はいっぱいあるし、とりあえず、俺とおまえの距離がこれ以上離れたらもう手が届かないような気がしたからここらで勝負しとこーと思ったんだ」
そして比呂はこちらをじっと見た。
「じゃ、そーいうことで帰るか」
比呂はちょっとすれ違う女子の視線をぐいぐい引くような笑顔でそう言うと、そっと私の手に触れた。
え、あれ、これって付き合う話になってませんかね?私承諾してもないんですけど?と、頭上の後頭部に言おうとしたんだけど、つながれた手が震えているから私は黙った。いつだったか、動物園で迷子になった時、比呂はやっぱりこんな風に震える手で私の手を握ってたっけ。
街の灯りが白いシャツに落ちて、あの日背に受けた夕陽みたいだった。
それで私たちはそのまま家路につくんだけど、それっきり比呂は無言だし、私だって何の話をしたらいいかわからないし、だというのにしっかりと手は繋がれたままだし、何をどうすりゃいいのかと思っているうちに家に着く。
すると比呂が、アドレスと電話番号教えてとか言い出す。拒否する理由もないから、そそくさと携帯を取り出す。
「は?まさかのガラケー?」
というか、お前さまは高校生の分際でスマホか!
玄関のドアに手をかけた時には、苦行を一通り潜り抜けたお坊さんみたいな厳かな気持になったので、「おやすみ」と比呂に言われれば「お休みなさいまし」とか変なセリフが口から飛び出た。
ベッドに転がって天上を見上げた。もとい天井ね。もう天上見えた気がしたから大きなことを言ってしまった。
それで比呂はさ、7歳も年が上の私と付き合って何を求めているのだろうか。どう考えてもおかしい。同じ年のかわいい子と付き合った方が断然楽しそうだ。
もしや私に恋愛的なエクスペリエンスを求めているとか?
私に!それを!求めるか!
何しろ自慢じゃないが、私には恋愛経験と言うものはゼロだ。はっきりいって比呂に教える事等何一つない。ただ、比呂がやったり言ったりしてることは、恋愛テクニック的にドまずいというのは判る。
ほとんど黒歴史と言っていい数々を、彼はあの短時間に披露したのである。恥ずかしい。恥ずかしいものを見る私の方がずっと恥ずかしい。
まてよ、あれくらいの年の子は年上に惹かれるという。光源氏だってそうだ。いやしかし、私はどうやっても六条御息所になどなれる訳がない。どうしよう。私に大人の女を求めているとしたら!
困ったときは怜ちゃんだ。私はありとあらゆる気遣いを吹っ飛ばして0時に怜ちゃんにいきなり電話する。
「あんた何時だと思ってんの!」
開口一番怒られる。
「いやわかっちゃいるけどさ、ちょっと聞きたいことが……」
「はああ?下らないことだったらランチおごってよ?」
「いやランチくらいお安いご用ですぜ、旦那」
「くだらない!ランチおごれ!」
「えー!!まだ何にも聞いてないのに!」
「早く言いなさいよ!」
「あのさ、怜ちゃんはさ、高校の時に彼氏いたじゃん」
「それがどうしたのよ」
「そのー彼とはーあのー」
「なによ」
「どこまでの仲だったのですか?」
「最後まで」
潔い回答来た!
「そ、そうか……やはり最近の若者は進んでおるのう」
「それがいったい何よ?あ!わかった!お隣がらみね?」
なっ……なぜそれが!!千里眼か!
「あんたねえ、高校生なんて盛りの猫みたいなもんなんだから、知ったかぶって説教してるんじゃないわよ?あんたと違ってお隣はモテるんだろうから、ちょっと目に余ってもそのうち落ち着くしほっときなさいよね」
「あ、ああ、そ、そうね……」
盛りの猫!目に余る!数々の衝撃的単語が私をハチの巣にしていく。
「そうあの子がねえ。どんな美少女連れてきてんのよ?」
「え?ああ、えーっとわりかし普通かな……」
「へえ!ああいう人間離れした美形は逆に平凡を求めるのかなあ」
「あ、まあ、そうかもね」
「ま、そいうことで、あんまり首突っ込むとお節介ババアとか言われるよ、話はそれだけ?」
「うん……まあ、それだけ」
「そ。じゃあお休み!たまにはあんたの浮いた話しなさいよね!」
ぶつっと携帯は切られ、私はしばらくそのガラパゴス的機械をじっと見つめる。頭の中では今まさに怜ちゃんが言った言葉の数々がよみがえってくる。
ふああああああ!そんなの無理ゲーすぎる!!
とのた打ち回っていたら携帯がメール着信を知らせる。まさに恐る恐る手に取れば『おやすみ』とだけ書いてある!!!この4文字の破壊力すさまじい!ものすごい羞恥!
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