第3話

本日もライブ日和!屋内だから天気関係ないけど!

 でもこういう夏の初めの空気の中に、ライブが終わった後はけていく雰囲気がすごく好き。テンションあがったままうろついちゃおうかなあとは思うけど、明日も仕事なんで駅に向かう。

 早番だと仕事帰りにライブに行けるし、遅番なら前日遊べるし。いい仕事選んだわ。

 等と浮かれながら夜の街を歩いていたら、何やらガラの悪そうな人たちの中に見覚えのある人物を見つける。

 ぬう!あれは!比呂じゃんか!!全くもうあいつ何やってんだ?っていうか、今更あの子道踏み外そうとしてんじゃ……。

 私は数人が比呂を取り囲んでいる場所まで、こそこそと移動する。どうしよう、何かあったらどうやってあの子を助けようか。こんなことなら武道の一つもたしなめておけばよかった!

 心臓が八百屋お七の鐘のようにがんがんかき鳴らされている!

 私は妖怪アカナメが風呂に這い寄るごとく比呂に近づき、その背中をほとほとと叩く。

 「うわあ!!!」

 妖怪だったら100点の反応をもらう私。しかし私は妖怪ではない。

 「な、なんだよ、おまえか」

 「おまえじゃないわよ、あんた何、どうしたの?何か困ったことでも……」

そうして周りのガラの悪そうなお兄さん方を見渡す。あれ、あれどっかで見覚えが?

 「比呂、お姉さん?」

 「違います!近所の人です」

 「近所の?」

近所?と口々に言い合う方々をぐるりと見て、私は一歩飛びのいた。これ、この人ら!!

 「ししししし、sinさん?????」

 「あれ、俺のこと知ってる?」

 「うはあああああああ!!」

 「ええ?」 

 「undefinedのころからファンです―!!」

 「おお!懐かしいこと言ってくれる!」

燦然と後光が見える。ガラ悪いとか言ってごめんなさい。アメリカアニメだったら目からハートが飛び出てる!

 「おねーさん、ライブ来る人なんだ」

 「ええ、もうライブ大好きです!!」

 「じゃあ、これあげちゃおう」

そう言うとsinさんが、何が入ってるのか大きなバッグから紙っペラを取り出す。

 「はい。俺さ、今このバンド始めたんだ」

渡されたのはI factorのライブの招待券。

 「ふおおおおお!」

 「おねーさん、いちいち反応面白いね」

 「いや、あの実は先日ライブ拝見しまして!」

 「へえ、おねーさん!もう目を付けたとはさすがだね。応援してくれたら損はさせないよ」

 「こんな!!!感激です!!!」

 「じゃあそのライブも楽しみにしといて。バンドのメンバーはみんなそうだけど、特にこのボーカルがいいでしょ?」

 そう言ってsinさんは比呂の肩に腕を回した。

 は?え?なにそれ……なにそれーーーー!!!!

 私は驚愕のまなざしで比呂を見ると、比呂はといえば気まずそうに眼をそらした。

 「あれ、ヒロはおねーさんには秘密だったん?」

 「そう言うわけじゃないですけど」

 「あーあ、おねーさんびっくりしすぎて石になっちゃったから、無事に家まで届けてやんな」

 「えと、あの」

 「後は明日、スタジオでなー」

そう言いながら、sinさんはじめ一見ガラの悪そうなお兄様方は街の雑踏に消えていった。

 「いつまでそうやってんだよ」

えーー!うそ、えーーーーーー!うそ、えーーーーーーーー!

 「いちいち声に出てうるさいんだけど」

 「あんたがボーカルなんて務まるの……?」

呆然とそのよくできた顔を見上げる。

 「ライブ見てどうだったんだよ」

ふおううう、そう言われれば確かに満足いくライブだった……。私が驚愕しながらうろたえていると、頭上のワカモノは不敵に笑った。

 「俺はもうおまえに、説教くらう筋合いはないんだよ」

その言い様に、私のカッチンスイッチが入った。このスイッチはピタゴラスイッチよりもわかりやすい経路をたどる。

 「はあ?あんたちょっと周りにちやほやされるからっていい気になりなさんな!」

 「別にいい気になんかなってねーし」

 「なってんじゃん。鼻が天狗になってるし!」

 「鼻が天狗ってなんだよ」

 「だいたいねー!キャップかぶってまともに客席見れない人間がえらそーに!」

 「そ、それは」

 「そーんなへたれなボーカルなんて聞いたことないわよ!」

 「別に、俺は学校の事とかあるから」

 「へええ?ずいぶんお顔に自信があるのね?なに?お客が学校に詰めかけるとでも?ばっかじゃないの?」

 「おまえ……!」

 「とにかくね、sinさんの足引っ張んないように気を付ける事ね。お客の顔をまともに見ないでバラード歌うようなボーカルじゃ、たかが知れてるけど?」

 じゃあね、と私は片手をあげてさっさとこの場を後にする。腹が立ってるので、一層早足だし、ティッシュ配るのお兄さんにもつい冷たく対応してしまう。いつもは和んでしまういけふくろうも私の心を癒せない。いいか、今のオレに触れると怪我するぜ!

 などとずかずかアスファルトを踏みしめ、叩き付ける勢いでスイカをぶち当て、階段を蹴散らす勢いで私はホームに向かう。


 電車の窓からぽっかり覗く月を見ていたらなんだか冷静になってきた。感情制御系統が熱しやすく冷めやすくできているんで、怒りはすぐに忘れてしまう。王蟲だったらナウシカを苦労させないレベル。いい子だな私は。

 さて、ちょっと冷静になった頭で考える。えーっと、なんか口げんかっぽくなっちゃったけど、よく考えるとあれだ。

 I factorのボーカルが比呂だったんだよね?I factorのボーカルが比呂……I factorのボーカルが比呂ですって!!!私は電車に映る自分の目が白くなるかという勢いで再びおののいた。本当に白くなったらその場で魂抜け出る。

 いやしかしいやしかし、え?え?どうしてそうなるんだ。経緯は?イヤイヤそんな事よりもっと大事な事だ。

 あの比呂が、あんな歌い方するなんてな。

 あの子が歌うってなんかの戦隊ものとか、うんこがどうのとかくだらない下品な替え歌しか思い出せない。それがあんな歌をあんな風に歌うことが出来るようになるなんて。

 私は今それを知ったかのように再び呆然とする。

 周知の事実だが比呂はすんごいイケメンだ。それであんなにいい歌を歌えるようになって、そりゃ鬼に金棒で、顔を隠して活動したがるのもわかるような気がする。

 さっきはあんなこと言っちゃったけど、インディーズって結構ファンと距離近いからいろいろありそうだし。

 そういうトラブル回避の為にも、まあ比呂のやってることは別に悪くなかった。なんか7歳も下の子にむきになっちゃって、大人げなかったわ。会ったら謝ろう。お月さんも真ん丸な顔で、そうするとよろしいどすえといってるような気がした。似非京都弁でごめん。



 謝ろうと思ってるとなかなか顔を合わさないものだ。というか、最近はめったに顔を合わせなくなって久しいということを忘れていた。 

 手紙でも書いてポストにいれとこうかとも思ったが、あんな口げんかの後の、急にかわいらしい便箋って不幸の手紙と間違われて捨てられるのも嫌だし、潔く白の封筒だと、果たし状に思われても困る。

 なんだかんだと日が過ぎて、招待されたライブの日になってしまった。

 招待券は二枚あったが、残念ながら恵美ちんはシフトの関係で来れず、怜ちゃんには一昨日きやがれと言われた。怜ちゃん、このライブには一銭も使っていないと言ったらそういう問題じゃないとけちょんけちょん。実はボーカルがあの比呂でさ、というのもなんか言いづらい。私は案外口が堅く、これは言わないほうがいいだろうと判断すると死ぬまで言えない。死んだら言いたい放題になってやろうとは思う。

 10分押しでライブが始まる。始まった途端、観客のテンションいきなりマックスだよこれ!まだ数回しかライブしてないのに、この人気ははっきり言って異常だ。しかも対バンじゃなくて、ずっとワンマンだし、ほんとどうなってんのこのバンドは。

 ぐるぐる回るギターに、ガッツリ速弾きのベースに気を取られながらも、その真ん中で堂々と立つボーカル。相変わらずキャップかぶってるけど、キャップオッケーキャップオッケーと直接脳に送り込んでみる。たぶん送れない。

 何曲か連続して、お客も跳ね回りいい感じでライブが進行してるってのに、私は何だか気がそぞろだ。知人がステージで歌うなんて経験ないし、しかもそれがあの比呂だ。

 だけどMCを挟んで煽りが入って、ドラムが響いて、そのうち私もそれが比呂だということを忘れる。まばゆい光の中にいる、あれはうんこの替え歌を歌う比呂じゃなくて、I factorのヒロなんだ。

 曲が一度止まって、比呂が後ろを向いて水を飲む。それでさあ次と、振り返った瞬間、私はその、キャップと目が合った。正確に言えばキャップが邪魔で目なんか見えないのに、目が合ったとそう感じた。比呂はぴたりと動きを止めて、しばらくそのままこっちを見ていた。

 するとおもむろにこう言った。

 「今日さー、ちょっと大事な曲歌わせて。俺らの曲じゃないんだけど、古いバラード」

 そう言い切ると、多分これ予定外なんだ。比呂は演奏を待たずにいきなりアカペラで歌いだす。

 きれいな声が会場に響いて、まるで誰もいないみたいに、しんとなった。

 曲は古いバラードだ。女ばかりのバンドがかつてあって、昔のバンドブームのころにはものすごい人気だった。解散しちゃったけど、今でもきっとファンはいっぱいいると思う。

 バラードはそのバンドの代表曲の一つだ。

 私も耳にしたこともあるその曲は、一度聞いたら忘れられなかった。ジュリアンと何度も呼びかける私の名前と一字違いのその名が、切なく響くいた。私に向けられた誰かの思いみたいに。

 歌が進んでいくにつれ、まずドラムがリズムを付け、ベースがそれにあわせ、そしてギターが裏のメロディを奏でる。やがて4つの音が重なって一つの曲を作り出す。

 お客さんはぼーっとそのステージを見ていた。

 比呂は、その間もずっと私を見ている。そして曲がサビにかかるころ、比呂は突然キャップを取った。眩しい光がスポットで照らし、キャップを片手に歌う比呂に、女子の細い悲鳴がそこここから聞こえる。

 光りの中で、しっかりと開かれた目がただ私だけを見つめる。ジュリアンジュリアンと何度も切なげに歌いながら。

 この状況は……これは……これは……草回避不可レベル!!


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