第5話 希望

 小林アヤからのDMだった。


 ”飯田くん、本名出すのはダメだと思うよ。フォロバしました。よろしくね”


 飯田はすぐに返信した。


 ”あ本名書いてたwすぐ削除しとく。ありがとう。あと踊ってみた動画みたよ。すごく可愛かった”


ここまで書いて飯田は「可愛かった」の文言を消した。


 ”本名書いてた、すぐ削除しとく。ありがとう。あと踊ってみた動画みたよ。良かった”


 こう書き直して送信した。

小林アヤからは

 ”さんきゅー!”とだけ返信が来た。

飯田はそれに返信するか3分20秒迷ったが返信をやめた。


 飯田はベッドに寝転んで天井を眺めていた。

何もせずに黙って仰向けに寝ていた。

まるでどこか遠くに意識が飛んでいるような気持ちだった。

未来の自分が天井から現れて何かを語りかけてるような気がしていた。

「叶えてお願い」

恋空予報の一節がまた口をついて出た。


 窓の外からは救急車の音が聞こえてきた。

飯田は何かを決心したかのように勢いをつけて起き上がるとPCの電源を再び入れた。


『19歳男の恋愛相談』

こうタイトルをつけてニコニコ生放送を開始した。

マイクに向かって一人語りだした。


「こんばんわー。イーアルです。ええと今日はみんなに相談したいんですけど」


来場者数2

コメント0


「ええと、誰も来てないかな。ははは。まあいつも過疎放送なんで、いつも通りだけど」

沈黙。

「独り言だけどまあいいか。ええと、高校の時から好きだった子にちょっと再会しまして、本当に可愛すぎてちょっと鬱です。それでみんなにちょっと相談したいんですよね。」

再びしばらく沈黙。


ニコニコ生放送のコメント欄が急に動いた。


コメント1 働け


「1番さんこんばんわー。まだ学生なんですよー。えっと。」


コメント2 イーアルはイケメンなの?


「いえ、全然です。星野源に顔だけ似てるって言われます」


コメント3 あーそれ諦めた方が良いわ。人間諦めが肝心。おやすみ。


しばしの沈黙の後、飯田は元気を振り絞って声を出した。

「おやすみなさいー。」


来場者数7

コメント3


長い沈黙。

「・・・・ええと、誰もいない感じがするんですけど、まあいいや。とにかく自分としてはできることなら付き合いたいって気持ちがあるんですけど、無理だなって気持ちが先行してます。」


再び沈黙。


「今までモテた事もないし、取り柄もないし、まあどう考えても無理なんですよね。」


コメント4 こんばんわ。恋バナ?


「あ、4番さんこんばんわ!恋バナです。というかモテなさすぎるんで恋バナにもならないんですけどね、」


コメント4 19歳ならこれからだよ


「ありがとうございます!ええと、4番さんはお幾つなんですか?」


再び長い沈黙。


 10分位飯田は黙っていた。その間トイレに行って冷蔵庫から爽健美茶を出しコップに移してPCのある机の上に置いた。

椅子に座り直してモニタを見るとコメントに変化はなかった。


「あ、4番さんいなくなっちゃいましたね」


そこから5分間黙って、そして飯田はPCの電源を切った。


 飯田は洗面所に行ってソニケアプラスという電動歯ブラシで歯を磨き、顔を洗ってから部屋の電気を消し、布団に入った。


 真っ暗な天井を眺めていた。

しばらくそうした後でスマホを取り出した。


AM3:46


 時刻は真夜中だった。

暗闇でギラギラと光るスマホの明かりはどことなく邪な雰囲気を持っていた。

ツイッターを開くと小林アヤからの再度の連絡もなく、彼女のツイートもなかった。

自分の本名を書いてしまったツイートを消すとTwitterを閉じた。


 スマホを消して、再び暗闇が訪れた。

窓の外からは車の音が小さく聞こえてくる位で静かだった。

目を閉じると今日の光景が目に浮かんだ。

小林アヤの笑顔が脳裏に焼き付いていた。そしてそれがどうしようもない事だというのも分かっていた。


「何もない。俺には何もない」


 真っ暗な天井に向かって飯田は声を出してそう言った。

みぞおちの上の辺りが誰かに握りつぶされているかのように傷んだ。

そしてその痛みの中でこの「何もない」というのが希望の事だと気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ニコニコ動画と浮いた男 三文の得イズ早起き @miezarute

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ