第3話 踊ってみた

 夜7時。


 飯田が待ち合わせ場所に行くと既に皆が盛り上がっていた。


「おー!飯田!久々!」


 牛田が笑顔で寄ってくる。

 飯田は小林アヤを見つけた。心臓がドクンと高鳴った。


 高校時代、黒髪で長いヘアスタイルだったはずだが、今ははかなり明るい色に変わっていてショートカットになっていた。さらに可愛さが増していた。

「完全に芸能人超えてるわ。可愛すぎる。」

飯田は心の中でそう思った。


 牛田の誘導で居酒屋へ移動。

飯田はラッキーな事に小林アヤの目の前の席を確保した。

今日の俺はラッキーの塊だ。飯田は心の中でそう呟いた。


「飯田くんってさ」


席につくなり、小林アヤは大きな瞳をキラキラさせながら飯田に話しかけた。


「ニコ生やってるってほんと?」

「うー・・・ん、やってるっていうか、始めたんだよ・・・うん」

「えーすごい。ニコ生とか見るんだ?」

「うーーーん、、、あんまり見ないけどお」

「そうなんだ、私もニコニコに動画上げてるんだよ」

「ふぇ?」


小声でそう言う小林を飯田は驚いた顔で見た。とてつもなく可愛い。


「踊ってみた、投稿してるんだ。みんなには秘密だけど」

「あーそうなんだあ!」


一際声が大きくなり、みんなが一斉に飯田の方を見た。飯田は黙った。

牛田が声を上げる。

「ええと、みんな注文いい?ええと~~」



 飲み会は終始穏やかにそして楽しく終わった。

が、飯田は本当に話したかった小林アヤとは最初話してからその後何も話せなかった。チラチラと盗み見るだけだった。


「二次会、カラオケ行く人~~~~!」


 牛田が言う。

行くと言ったのは男性陣のみ。

 小林アヤも含めて女性陣はみんな帰るらしい。

飯田は心底落胆したがそれを表面に出さずにカラオケに行くことにした。


 じゃあ一次会はここで解散となっての帰り際、小林アヤがそっと飯田の側によって来て小さな紙を一枚渡した。

名刺だ。

「アヤ太郎」

と手書き風のフォントに書いてある横にTwitterとメールアドレスが書いてあった。

「これ・・?踊り手アカの名刺?」

「うん、良かったらマイリスしてね。飯田くんのはないの?」

「俺は名刺とかないけど・・・帰ったら速攻マイリスするから!」

「じゃあね」


 女性陣を見送ったあと、男のみでカラオケに向かう。

牛田は機嫌が良い。

こいつはいつも機嫌の良い男だったが、今もそうだ。

「大勢でカラオケ行くの久々だわ。いつも一人だからさ」

牛田は言う。

「一人でカラオケなんて行くの?お前って昔からカラオケ好きだったよな」

飯田は並んで歩く牛田にそう言うと牛田はニコっと笑って小声で飯田に呟いた。

「ここだけの話だけど、俺、歌い手やってんだよ。ニコニコで。恥ずかしいから誰にも言うな」

「へ~・・・・なんて名前?」

「うしだって名前だよ。本名だけど変わった名前だからHNってみんな思ってるだろうな」

「うしだ・・・え?あのうしだじゃないよな?動画あげる度にマイリス5000とか行く・・・」

「お前知ってるの?あれ俺だよ」

「マジかよ。お前すげえな。」

「別にすごくないよ。たまたまだ」


飯田は思った。これ以上色々と深く考えるのはやめよう、と。

これは考えると自己嫌悪に陥るパターンだと。

早く帰って小林アヤの動画が見たい、そう思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る