第4話 幸福な沈黙

 放課後、私は渡り廊下を通って、また図書室へ向かう。例のベンチの前に瀬名川さんと後藤君を見かけたけれど、すぐに視界から外してまっすぐ歩いた。似合いだろうなと思う。それだけ。

 図書室のドアを閉める。私の好きな静寂に包まれる。静かだ。そして思う。あと1年と少し。それくらいの期間で私たちは卒業することができる。進路は違うだろうから、そうすればほとんど永遠に離れられるだろう。あとは時間が解決してくれる。そして私は胸の痛みを忘れるだろう。それまで、思うだけなら許されるだろうか。この先も人知れずに。

 さっきはまずいところに通りかかったなと思う。こんなところではなく、もっと良い場所もあるのではないかとやや憤慨したが、二人には関係の無い事だ。おかげで私は図書室から出られなくなったわけだけど、もうそろそろいいだろうか。あれから1時間も経過したし。

 新たに借りた本を抱えて、そっとドアを開け、遠くの様子をうかがう。遠目に見て誰もいなさそうだ。

 やれやれ。私はため息をついてドアを閉めた。もう5時になる。早く帰宅せねば。足早に渡り廊下を行く。

 「水野さん」

 急に呼びかけられて私は立ち止まる。振り向けばあの木の下に後藤君がいた。

 「ああ、後藤君か……どうした?」

 私は思ってもみない出現にいささか動揺した。なんだろうか。二人で帰ったのではないのか。律儀に報告してくれるのだろうか。それにしても1時間も経過しているのだが。告白とはそれほど時間がかかるものなのだろうか。

 「水野さん」もう一度私を呼ぶと、後藤君はこちらに向かって歩いてきた。その表情に険がある事をみてとって、私はひるんだ。そういう顔を見たことが無かったし、先ほどの展開からは予想されぬものだったからだ。

 「どうしたのだ、後藤君」

 「水野さんは俺の話をちゃんと聞いてないんだね」

 「どういうことだ?」

 「そうでなかったら、俺が瀬名川さんと付き合うと思う?」

 「それが一体……」

 「俺はこの前ここで、ただかわいいだけの女の子と付き合って楽しくはなかったと言ったと思ったけど」

 「私は別に、君に瀬名川さんを勧めたわけではないし、また逆をやったわけでもない」

 「俺に今好きな人はいないし、瀬名川さんみたいな子がタイプだと水野さんから聞いたと言われたけれど、すくなくとも、瀬名川さんはタイプじゃない」

 「それは誤解だ。私は瀬名川さんのような子がタイプだなどと言っていない。ただ」

 「ただ?」

相変わらず弛められない視線に私は息もつけなくなりそうだ。

 「ただ、以前付き合っていた子はかわいい子だったようだと言ったまでだ」

 「でもうまくいかなかった、という一番大事な部分を何故言わない?」

 「それは!」

 「それは?俺と瀬名川さんが付き合えばいいと思ったから?」

 「今度はうまくいくかもしれないではないか」

 「どうしたらうまくいくか気づかないほど俺は馬鹿じゃないよ、水野さん」

そうだ。そうだな。私は何を勘違いしているのだ。早く誰かの物になってしまえば。私の気持ちが楽になるからとでも思ったのか。私は私の思いがけないあざとさに苦笑した。案外、白旗をあげそうになっているのかもしれない。自らの思惑が失態を招いて、それで自分以外が傷つくことは許されない。

 「……そのとおりだ。申し訳ない。首を突っ込むつもりではないのに、余計な事をして二人を傷つけてしまった」

 「一番傷ついているのは、あなたでしょ、水野さん」

何を?と言おうとして不意に抱き寄せられる。

 「ご、後藤く」

 「人の話をちゃんと聞かないから、気が付かないんだ」

 そう言って口づけられた。風の音も聞こえない。もう日は暮れはじめ、見えるものも少なくなっていく。ただわかるのはお互いの存在だけ。

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