第3話 いじらしい指

 風変りであることは百も承知している。だから普通の物を手に入れようとは思わない。

 そんな私だけれど、それでも興味を持って近づいてきてくれる人たちには親切であろうと思う。後藤君もその中の一人であった。そういうことはなかなか珍しい。概ね、男子はことに私をどう扱ってよいかわからずに、からかってみたり無視してみたりいろいろ頭を使って私という人物をを確かめる。私が無害であるとわかれば自然とそういう一団は離れていく。怖がらなくてもよい。私はただ私であるだけなんだから。

 そういった経緯なく、自然と私のもとに飛び込んできたのが後藤君であった。数は多くないが親愛なる女子の友達と同様に私は後藤君にも親切であろうと思い、そのようにしてきた。私の中では平等であるはずだった。しかしその存在はいつしかしっかりと私の心に根差してしまったのだ。

 男であったらよかったのにと思わなくはない。確かに他に比べて女子であることがいささか難しそうな私だけれど、胸もあって生理のある体を厭っているわけではない。そして恋い慕うという気持ちを否定しているわけでもない。こんなことをぐずぐずと考えていること自体が、まあ恋なのだろうなと思うことにした。

 だから。私は私が風変りであることを承知していて、普通のものを手に入れたいとは思わない。普通のものが私のものになるのは、それは普通のものでなくなる恐れがあるからだ。普通のものをこちらに引き込むわけにはいかない。だから普通のものは眺めるが一番。自分とは違うものだと思って眺めれば、一人水族館に潜っているような気持ちになる。とても静かだ。果たして私が魚の方なのか、世間一般が水槽の中なのかそれはわからないけれど。


 「水野氏!いたいた!」

 「加奈ちゃん、どうした?」

 私が昼休みに、例の中庭のベンチで本を読んでいると、走って私のもとに来た。

 「はーやっと見つかった!時に水野氏は最近後藤君となかよしじゃん?」

 「主観的には特に仲良くしているということはないのだが」

 「客観的にはなかよしに見えるよ」

 「それはそうかもな。それで?」

 「うん、じつは後藤君の好きな人ってわかるかなと思って」

 「加奈ちゃんが?」

 「いやいや、実は隣のクラスのりょうちんに頼まれて……」

 「ほう、あの美人さんが?」

 「いや、りょうちんでもなくって、りょうちんの友達の瀬名川さんなんだけど……」

 「やれやれ、人海戦術か」

 「うん、まあ、そういうのって何とかしてもってあるじゃない」

 「……わからなくもないが。私と後藤君が話していて内容がそんなことに及ぶと考えられる?加奈ちゃんは」

 「いや……そこは水野氏だから何かの雑談のついでにないかなあとか今後ないかなあとか」

 「うむ」

 瀬名川さんか。瀬名川さんは小柄で細くて、きれいに染めた髪をいつもさらさらとなびかせ、好感のもてる笑みを浮かべたかわいらしい子だ。そうだな。そういう子が似合いだ。

 「そう言えば」

 「なになに?何か思いついた?」

 「今好きな子はいないと言っていた」

 「え!ほんとに!で、どんな子がタイプかわかる?」

 「タイプ……そういう話はしたことはないが……」

 「が?」

 「ずいぶんかわいい子とかつて付き合っていたような話を聞いたよ」

 「おお!それはナイス!瀬名川さんもかわいいから、きっとそういう子、好きなんじゃないかな~」

 「まあ、それは憶測だから、私とて断言はできないけどな」

 「大丈夫!ありがとね!本読んでるとこ邪魔しちゃって!」

 「いやいや。うまくいけばいいけれど」

 加奈ちゃんは笑顔を見せると、また走って校舎に戻っていった。大木は欅で、色づいた葉は一つ二つ落ち始める。私は、どこかの映画で見た海賊のように心臓を切り取って小さな箱に入れて、遠くの綺麗な砂浜に埋めることができればと思うほど、痛む胸に手を当てた。

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