第2話 一方通行
「水野さんの好きな人ってどんな人なの?」
放課後の図書室で、そう問われて私はあきれる。
「後藤君。ここをどこだと思っているんだ。そういう話は別の時にしてくれないか」
「だって水野さんと話す機会って結構ないんだもん。歩くの速いから呼び止めようとするともういないし。だから会った時にこれを聞こうと思いながら歩いているからさ」
「わかったからとにかく、聞きたいことがあるなら別の、人目のないところで頼むよ」
「そっか!同じ学校の人なんだね?」
「……」
すごくいいことを聞いたように目をキラキラさせる。どうもダメだ。そういう事をしないだろうと高をくくっているから誘導尋問に会うのだ。
「わかったから、そとへでようか」
「教えてくれるの?」
「教えるとは言っていないが、このままここにいたら、何を喋らされるか気が気ではない」
「えー?俺は最初の質問しかしてないよ?」
全く言葉に詰まる。私はため息とともに、借りていた本をカウンターに返し、犬のようにトコトコついてくる彼と図書室を後にした。
「ところで参考までに聞きたいのだが」
私は足早に渡り廊下を歩きながら話しかける。
「なになに?」
「後藤君はいつだったか好きな人はいないと言っていたけれど、過去に好きだった人はどうなのだろうか」
「過去ってすごい響きだね!中学のころにならいたよ~」
「そうか。それでおすすめの告白とやらをちゃんと実行したのだろうか?」
「それがね……」
ふんと私は鼻を鳴らした。言うは易し、行うは難しなのだよ。
「ちょっと座って喋らない?」
渡り廊下の突き当たりが中庭になっていて、そこに大きな木があり、彼はその下のベンチを指さした。まあ、ここなら人通りもあまりない。
「君は実行もして無い事を私にやれというのか?」
やれやれという雰囲気を滲ませて私は座った。
「言おうと思ったんだけど、彼女が先に言ってきて……」
なかなかの不意打ちで、私は瞬間顔をそらした。そうかそういうこともあるのだよな。
「で?」そのまま足元に落ちている枯葉を見ながら、先を促す。
「うん、好きだったし付き合ったよ」
「どんな子だったのだろうか?」
「えーとね、かわいい子だった。運動もできるし勉強もできるし優しいし、クラスの男子はみんな好きだったってくらい!だから俺も好きだったんだ。そういうのってあるじゃん?なんかそういう流れってさ」
「なかなかやるじゃないか。そんなハイレベルな子に好かれるなんて」
私は枯葉からやっと目を戻して笑顔で言った。
「うん、そうだったんだけど……なんかさ、別に本当に好きってわけじゃなかったって言うか……みんなとそういう話して盛り上がりたかったっていうのが大きくて、だから付き合ってもなんかしっくりこなくってさ、結局すぐ別れちゃったんだ……彼女は好きでいてくれたみたいなんだけど、俺の方がなんか……よく分からなくなっちゃってさ」
「そうか……。残念だったな」
「うん。でも仕方ないし。だから俺、水野さんには頑張ってほしいんだ!」
急に目を輝かせてそう言う。だから、なぜそうなるのか。
「大事にしてほしいんだ。好きな気持ち。だって水野さん、せっかく芽生えたのに、上から踏んづけて、無かったことにしようとしてるんだから」
私は目を閉じる。
「私が私の気持ちをどうするかは私の自由だ。間違っているだろうか」
「間違って……無いけど……」
「話は終わりだ。また明日」
私はさっさと立ち上がって元の廊下に戻る。人に気持ちで自分の気持ちを贖罪させるのは間違っている。無意識にずいぶんと残酷な提案をするものだ。だからと行ってそこから、逃げ出すこともできずに、私は思いを残骸にするためだけに生きようとしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます