Hidden love

ナガコーン

第1話 すれ違うだけで

 思っているだけでいいなんて偽善だよ。と、横顔は年よりもずっと幼く拗ねたように見えて、私はつい口元を綻ばせる。夕暮れの教室は秋の風が心地よく、目を細めた。

 「好きな人ができたなら、思いを打ち明けたほうが絶対いいって」

ある種の確信を込めて、彼は振り返りざまに私の目を見てはっきりそう言った。茶色がかった髪を夕暮れがなぞって、金が混じっているようにも映る。

 「そういう君は、打ち明けたことがあるのかい?」

尋ねると、その確信はたちまち姿を消して、視線を落とす。

 「……俺にはそういう人がいないし」

 「実体験の無い助言なんてあてにならないさ。忍ぶ恋こそ真なりと昔の人もいうではないか」

 「なにそれ」

 「やれやれ、情緒もわからなければ、ドップラー効果もお手上げとは」

 「ここで物理を持ち出すなよ」

 はああっと彼は聞こえよがしにため息をつく。

 「せっかく水野さんの人間らしい一面を、俺は応援しようとしているのに」

 「人間らしいってなんだ、失礼な。私が人外みたいじゃないか」

 「そうじゃなくって~。女の子らしいっていうの?」

 「十分女らしいと思うけどな。生殖能力もあるし」

 「違うよ!!そうじゃなくって」

 あからさまに赤面しながら彼はとうとうむこうを向いてしまう。その背に伸ばしたくなる右手を、そっと左手が抑えた。


 「水野さん、好きな人でもできたの?」

昼休みのチャイムが鳴って、教科書をあらかたしまってさあ弁当を広げようとしたタイミングで、おとなしやかな瞳にのぞきこまれた。私は息をつめる。

 「それは、誰を思うか見当がついての発言か?」

 「やっぱり好きな人できたんだね」

柔らかな笑みをたたえ、嬉々とした色を瞳にのせる。私は軽く舌打ちした。

 「ひっかけたな?」

 「ひっかかるのが珍しいね!そういう水野さん見るの初めて」

面白そうに、大袈裟なほど目を見開く。

 「で、何を見てそう思った?」

できうる限りすべての感情を消した声で慎重に尋ねる。

 「んー。なんとなく?」

間の抜けた回答に私は肩を落とした。顔に出さないように生きるのは長けていると自信があったのだが、しのぶれど色にでにけり、などという詩が昔からあるわけで。 

 「雰囲気かな~柔らかくなったというか!うん!なんかかわいくなった」

にへへと笑う顔を見て、私は息を一つ吐く。

 「ありがたく受け取っておこう。しかしな、後藤君。先ほど物理の先生が君を探しておられたようだよ。レポートの件だと言っていた」

 「うわ!忘れてた!」

 廊下を駆けだしていく小柄な後姿を眺めながら、どうしたらこの心臓の息の根を止められるか、真剣に考えた。


 あれから二週間。後藤は何やかやと、私に恋愛指南をしてくれる。物珍しいゆえなのか。真意などもとから無いやつだから、まあ、面白がっているのだろう。そう思われれば思われるほど私は恋という気持ちをはるか遠くに埋める算段ができにくくなって困る。たとえば廊下ですれ違う時とか、前触れもなく姿を視認した時、私はなるべく目を伏せる。あの純粋な鈍さで何かを感づかれないように。

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