第5話

黒洋公邸に戻ったアラシは、完全に放置されていた。

スキールは公国のお姫様として、貴族との付き合いに忙しいらしく、用がなければアラシに話しかけてくることもない。

他の知り合いもいないアラシは、公邸の使用人と仲良くなれるよう話しかけたが、あまり相手にされなかった。

「何か俺にもできることはありませんか?」

「針の下僕さんには、特に何も申し付けられておりません。おとなしく部屋にいてください」

忙しそうに働くメイドからは、冷たくあしらわれてしまう。

「ほらほら。俺の針は壊れたものを修復できますよ」

ゴミ箱に捨てられていた壊れた壷を修復してアピールするも、執事に笑われてしまう。

「それで?壊れた物を直して使うなんて、貧乏くさいことをしても無意味だろうに」

執事たちは、嵐のそんな行いを見て笑うのだった。

結局、彼はやることもなく、部屋に篭って寝ているだけになる。

そうしていると、自然に勇者について考える。彼も高校生らしく、異世界転移してふしぎな力を手に入れて、美少女たちと仲良くなってハーレムのような生活をしたいと思うこともあった。

しかし、現実に召喚されてみたらこの有様である。

別に彼女たちに悪気がないことはわかっているし、特に迫害もしてこないが、それはアラシを対等な人間と思っていない-もっといえば、道具のように扱っているからだった。

彼女たちはアラシをモノ扱いしているのて、一緒の戦場にいても仲良くなることはない。それどころか、見下すことすらしてこなかった。

だから彼の前でも平気で服を脱ぐし、破れた装備品を押し付けてきたりする。

下僕扱いされて、アラシのプライドはズタズタだった。

「勝手に召喚したあげく、無報酬で下僕扱いって、馬鹿にするにもほどがあるだろう」

アラシのストレスは日々増大していく。


毎日ゴロゴロしていても退屈なので、アラシは自分に与えられた「ミステルティンの針」について詳しく知ろうとした。

「他の武器はだいたい戦闘用だったみたいだけど、針にもすごい力があるんたろうか?」

スクルドの「レーヴァテイン の剣」や、オーディヌの「グングニルの槍」が魔物の大群を蹴散らしたときのことを思い浮かべる。それらはもやは武器というより兵器だった

「ためしに刺してみよう」

自分の体を実験台にして、手をさしてみる。

すると、何の痛みも感じなかった。

「これは、物理的に刺しているわけじゃないのか……まてよ?」

刺した針から、自分の体に流れる何かが伝わってくる。それはたくさんの集まっている点をつないで、自分の体を網羅していた。

「もしかして、これが爺さんの言っていた「気」なのか?だとすると……」

小さいころから無駄に叩き込まれていた、人体の108のツボ-「経点」を付いてみる。肩こりを治す「天柱」というツボに指すと、あっという間に肩が軽くなっていった。

「なるほど。もしかして、この針は『気』を感じ取り操ることができる兵器なのかも知れない。知識がないと使いこなせないけど、俺が使ったら……」

アラシの顔に黒い笑みが浮かぶ。ようやく力を手に入れることができたように思った。


次の日、再び機族との最前線の町であるロンギヌスの街が襲われたという報告がはいる。

「スキール、聞いてくれないか。この『針』の使い方がわかったんだ」

そうアピールするアラシに対して、スキールは冷たく告げる・

「アラシさんの役目は、私たちの武器の修繕です。ロンギヌスの街にウォールスライムの群れが現れました。早く行きましょう」

物凄い力でアラシをつかみ、強引に輪の中に飛び込む。彼女は前回大量に機物を倒したことで、大幅にレベルアップしていた。

「おっ。来たな。今日もがんばろう」

スキルドが気安く声をスキールに向かって かけてくる。アラシのほうはちらっと見たが、無言でうなずくだけだった。

「アラシさん。今日はこの輪の中からでないで下さいね。またこの間みたいに逃げ回られたら。困りますので」

スキールがぴしゃりという。彼女も初めて会ったときより、アラシに対して遠慮が無くなっていた。

「聞いてくれ。俺もたぶん戦えると思う。この『針』で経点をつけば……」

必死に自分も戦うというアラシに向かって、スキールは冷たくつげる。

「あなたは、私たちの武器を修復する『道具』です。壊れるとこまりますので、余計なことは一切しないでください」

スキールは、はっきりとアラシを道具扱いした。

「道具だって?俺は……」

「あーもう。うるさい!だまっていてよ!人間のくせに」

巨大な槌を担いだ幼い少女が、詰まらなさそうにいいすてる。

「……控えなさい。卑しい下僕よ。あなたは人間でわれわれは魔族。身分が番うのです」

「姫様のおっしゃられるとおりです。下僕でしかも男の分際で、生意気な」

帝国の姫であるオーディヌと、彼女と親しいツインテール少女フレイヤもアラシに冷たい目を向けていた。

「……みんな。ひどい。下僕とか、道具だなんて」

緑髪の少女、ワルキューレはアラシに同情するが、ますますその場の雰囲気は悪くなっていく。

リーダー格の20代前半の美女、スクルドは、とりなすようにアラシにいった。

「こほん。みんなが言うように、君の役目は武器の修復だ。その役割をしっかりはたしてくれたまえ。無理に戦闘に参加しなくてもいいんだぞ」

まるで子供をあやしつけるように、優しく諭した。

「だけど、機物を倒さないと、レベルアップもできないだろうし……」

アラシはぶつぶつとつぶやく。彼の言うとおり、前回機物を大量に倒した勇者たちはあきらかにレベルアップしていた。

「君はそんなことをしなくてもいい。余計なことはしないでくれ!」

聞きわけのないスキルドは厳しく言うと、アラシに背を向ける。

「さあ、戦うぞ!」

「おーーっ!」

勇者の少女たちは、押し寄せてくる機物の群れに向かっていった。

「あれ……君は?」

スキールたちが走っていったのに、緑髪の少女がアラシの側に残っている。

その少女は、はにかみながら笑った。

「あなたも仲間。だから、側にいて守ってあげる」

そういいながら、角笛を出して戦いに備える。

「ありがとう。えっと……」

「ワルキューレ。緑爽国の姫だよ。よろしくね」

そういって、ワルキューレは微笑むのだった。

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