第4話
その後、帝城で勇者たちをねぎらう盛大なパーティーが行われる。
「六人の勇者に乾杯」
着飾った紳士淑女に囲まれて賞賛されているのは、機物の大群を倒してロンギヌスの街を救った六人の勇者である。
彼女たちはいずれもきらびやかなドレスに着替えて、まさに公女にふさわしい美しさだった。
「スクルド姫、私と踊ってください」
「いや、私と……」
背の高い凛とした美女であるスクルドは、イケメン貴公子に囲まれていた。
「わ、私は無骨者なので……その、ダンスは苦手なのだ」
彼女は真っ赤な顔をして、戸惑っている。
「オンディーヌ。よくぞ機物を倒したぞ。さすがワラワの娘じゃ」
ロイヤル帝国の女帝は、皇女に恥じない働きをした娘を褒めていた。
「ふん。当然ですわ!」
「姫様はご立派に戦われました。これで次の女帝の座も姫様に決まったような者でございます」
帝国の皇女オーディヌは玉座に座った母親近くで優雅にワインを飲み、その隣にいる青髪ツインテール少女に賞賛されていた。
「あなたもね。フレイア。いつも私を支えてくれて、ありがとう」
「私は永遠に貴方様に忠誠を誓います……」
オーディヌに褒められたフレイアと呼ばれた少女は、真っ赤な顔をして俯くのだった。
「あはは。ごちそうがいっぱい」
「……トーナ。はしたない」
槌を背負った幼い美少女がごちそうにがっつき、緑色の髪をした少女にたしなめられていた。
「……それより、あの人は?」
「あの人って?ワルキューレちゃん」
トーナと呼ばれた少女が首をかしげる。
「……私たちの武器を修復してくれた、男の人」
「しらなーい。人間なんだから、このパーティにはいないでしょ。むしゃむしゃ」
トーナは関心なさそうに言うと、豪快に骨付き肉を頬張った。
アラシのことを気になったワルキューレが彼を探していると、イケメン貴公子とダンスをしているスキールを見つけた。
「スキール姫。あなたの黒髪は漆黒の闇のようで、私を冥府ヘルヘイムにいざなう死神の甘い罠のようだ。だが、わかっていてもその魅力には逆らえない……」
「ふふっ。フェンリル様のお口こそ、火の国ムスペルへの入り口のように熱いですわ。私は心も体も燃えてしまいそうです……」
訳のわからないことを言い合っていちゃいちゃしているスキールを、ワルキューレはつつく。
「……スキール、あの人は?」
「あの人って?」
「私たちの仲間。ここに呼んで、ねぎらってあげないと」
そういう彼女の言葉を聴いて、スキールはやっとアラシのことを思い出した。
「ああ、アラシさんのことですか。どこにいるか知りませんが……人間の下僕なので、このパーティには参加していないと思いますよ」
そういうと、スキールはイケ面貴公子とのダンスに戻っていった。
「……そんな……彼にはこれからも世話になると思うのに」
そう思ったワルキューレは、アラシを探してパーティ会場を出てアラシを探そうとする。
しかし。会場の入り口で衛兵に止められてしまった。
「ワルキューレ様。防犯のため、終了までパーティ会場への出入りは禁止されています」
「……それなら、呼んできて。出席すべき人がいないの」
「どなたでしょうか?」
衛兵に言われて、ワルキューレはアラシの名前を告げる。
しかし、名簿を確認した彼は首を振った。
「残念ですが、アラシという人は参加者名簿では確認できませんでした。どういったご身分の方でしょうか」
「……えっと……人間。でも。私たちの仲間の、『針』の勇者」
「『針の勇者』ですか……えっと、確認してきます」
衛兵の一人がパーティ会場を出て行く。しばらくして戻ってきた彼は。決まり悪そうな顔をしていた。
「その、『針の下僕』は、人間なので出席資格しありません。彼は厨房で料理を作っていいます」
「そんな!たしかに彼は機物を倒していないけど、役に立っているし、これからも世話になるのに」
衛兵に向かってプンスカと怒るが、彼にいっても無駄である。
「申し訳ありませんが、規則なので……」
「……わかった。もういい」
釈然としない思いを抱えながら、ワルキューレは会場に戻っていく。
(この恩知らずな仕打ちが、後々ひどいしっぺ返しとなって魔帝国に災いを呼ぶかも)
彼女の感じた小さな不安は、未来において最悪の形となって現れるのだった。
「はあ……ひどい目にあった」
帝城に用意された客室-という名の物置部屋の、藁にシーツがかけられたベットに横になりながら、アラシはつぶやく。
いつの間にかスキールたちの姿が消えたので、どうしていいかわからなくなって城内をウロウロしていたら、不審者扱いされて衛兵に拘束されたのだった。
幸い、『下僕のネクタイ』をしていたので釈放されたが、人間が帝城を勝手にうろついた罰として厨房につれていかされてこき使われた。
パーティが終わってようやく残飯を与えられ、この部屋に放り込まれたのだった。
「これから、どうしたらいいのかなぁ」
アラシは『下僕のネクタイ」を見ながらつぶやく。改めてここは日本とは違うということを実感した。
日本のように庇護してくれる家族はいない。学生という立場もない。そもそもこの国は種族による差別が激しく、人間にたいする人権意識など皆無である。
それでも、帝城をウロウロしていた彼が問答無用で切り捨てられなかったのは、この「下僕のネクタイ」をしていたからである。アラシは黒洋国の『私有財産』扱いされたので、不審者扱いされてもなんとか乗り来ることができたのだ。
「仕方ない。とりあえず、信用を積むまで我慢しよう」
ここで不満を漏らしても、国相手に勝てる力があるわけではない。
彼が頼れるものは、『黒洋公国の下僕』ということを証明してくれるこのネクタイ一本しかない以上、運命を受け入れるしかなかった。
「……早く日本に帰りたい」
夜空に浮かぶ月を見ながら、アラシはいつまでも泣き続けるのだった。
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