第2話

とある地方都市

大き0.、古い建物から怒声が響いていた。

その建物には看板に『山田針流刺術』と書かれている。

「こりゃ嵐!きちんと学ばんか!」

声を張り上げたのは、禿頭の頑固そうな老人だった。

「だから、ちゃんと勉強はしているって!」

そう言い返すのは、眼鏡をした小柄な少年だった。

彼の名前は山田嵐。どこにでもいるごく普通の少年である。

幼いころ両親を交通事故で亡くした彼は、祖父の鍼灸院で育てられていた。

「たわけが!ワシがいっておるのは、金針流の勉強じゃ。よいか、わが祖先は数百年前、神界で針術を学び、天女のカラダを癒したという伝説があってのう。彼は死んだ人間の魂すらカラダに縫いとめて。生き返らしたこともあったという」

いい年をしたおじいさんが、ファンタジーな事を口走る。

「神界から戻った先祖は、その針術で名声を得た。織田信長、豊臣秀吉や徳川家康の体も癒したという由緒ある家柄で~」

嵐を床に座らせて、延々と説教が始まる。彼はまた始まったかと思い、あくびをしながら聞いていた。

(まったく……爺ちゃんもとうとうボケちゃったのかな。そりゃうちは代々鍼灸院をやっているけど、年々お客さんが減って、今じゃつぶれかけているのに……)

嵐が思うことは事実で、今では祖父が経営している鍼灸院も閑古鳥が鳴いていて、ほとんど開陳休業状態である。

たしかに祖父が言うように、はやっていた時代もあるらしいが、今ではその技術も失われて、町の人からも変人扱いされている始末だった。

「残念ながら、今ではその術は失われておる。だから、お前の代で復興させるのじゃ。よいか。人体の『気』の流れを読んで、経点に針を刺すことで治癒能力を上げたり、身体能力を向上できたりするのじゃ。この本にちゃんと書いてある」

そういいがら、祖父は分厚い百科事典みたいな本を押し付けてくる。

「だから、その『気』ってなんなんだよ!」

「うっ。そ、それは……」

とたんに祖父歯切れが悪くなる。嵐に対してえらそうに説教はするが、実のところ彼にもよくわかっていないのだった。

「そもそも、うちの流派が衰退したのは、爺ちゃんのせいだろ。あんた、若い頃遊びまくっていて、ひい爺さんから何も学んでなかったみたいじゃないか」

「だ、誰がそんなことを……」

「死んだ婆ちゃんが言っていた」

嵐にそういわれて、祖父は居心地悪そうに身を縮める。

「それだけじゃないぞ。あんた、若い女の客にセクハラしてたんだろ?マッサージするって言って。おかげでうちはこの有様だよ」

嵐は呆れたように周りを見渡す。

彼と祖父が住んでいる鍼灸院を兼ねた家は、ただ広いだけで荒れ果てており、両親の残した保険金で生活している有様だった。

嵐に責められた祖父は、猫なで声で諭してくる。

「た、確かにワシのせいかもしれん。じゃが、ワシの父までは確かに効果があったんじゃ。頼む、お前の代で我が流派の復活を……」

「もういいから。幼い頃から無駄にこんな知識ばかり詰め込まれて、うんざりしているんだ。何が108の勇者点だよ。小さい頃、こんなの信じていたおれが馬鹿みたいだ!」

嵐がそういって、本を投げ捨てようとしたとき-

いきなり彼の足元に黒い輪が現れ、複雑な魔方陣が浮かんだ。

「な、なんだこれ?」

「こ、これはまさか……我が一族の祖が、異世界に召喚された時の『世界の輪』か!」

嵐は動揺するが、祖父は思い当たることがあるみたいで相好を崩す。

「な、なんだって?気持ち悪い!」

慌てて嵐が輪から出ようとすると、祖父に突き飛ばされた。

「くそじじい!何すんだ!」

「これはよい機会じゃ。神界からお呼びがかかったのじゃ。向こうで針術を思う存分学んで来い!」

祖父はいい笑顔を浮かべると、親指を立てる。

「てめえ!ふさ゜けるなぁーーー」

嵐は叫び声と共に、魔方陣に開いた黒い穴に吸い込まれていくのだった。


「時空の輪ドラウプニルに願う。愚神へズの使徒、金針ミスティルティン使い手よ。今ここに現れるがよい」

おとなしそうな黒い髪の少女が呪文を唱えると、地面におかれたリングが巨大化し、黒いゲートが開かれる。

その中から、あせった顔をした眼鏡の少年が現れた。

[おお、召喚に成功したぞ」

見守っていたロイヤル帝国の女帝や、六つの公国の女王たちから驚きの声があがる。

続いて、拍手が沸き起こった。

「さすが黒山国の公女ですな。すばらしい。簡単にドラウプニルの輪を使いこなすとは」

「いやいや、まだ未熟者で……」

そういって頭をかいた中年の女性は、眼鏡の少年-嵐をおだやかに見る。

「どうやら、羽根がないし、魔力も感じません。やはり、人間のようですわね」

それを聞いて、他の女王たちはがっかりした顔になった。

「やはり、伝説と同じく、ただの下僕か。少しは期待していたものを」

そうつぶやくと、女王たちは用は済んだとばかりに離れていく。

「では、この下僕は我が黒山公国で引き取りましょう」

中年の女王は彼女の娘に告げると、他の女王の後を追った。

「えっと……」

あっけにとられて黙っている嵐の手を、目の前の黒髪の少女が取る。

「針の下僕さん。いきなり召喚してごめんなさい。ご迷惑をかけますが、私たちに協力してください」

「はあ……」

黒い髪の少女に言われて寝も。嵐はいきなりの事態についていけず、呆然としたままである。

それというのも、彼を取り巻く者たちは、全員尖った耳と黒い蝙蝠のような羽が生えていたからである。まるで悪魔の群れの中に人間が一人だけまじっているかのようだった。

「スキール。その者は人間の下僕ですわよ。そのような態度をとらなくてもよいですわ。我々魔族の誇りを持ちなさい」

その時、着飾った美少女が近づいてきて、黒髪の少女をたしなめた。

「ごごめんなさい。オンディーヌ姫様」

スキールと呼ばれた少女は、おびえて嵐の手を離す。

それを冷たくみたオンディーヌは、嵐に向かって顎をしゃくった。

「とりあえず、こっちに来なさい。説明してさしあげますわ」

呆然としている嵐は、別質に連れて行かれるのだった。


その後、別室に招かれて、偉そうな少女から説明を受ける。

といってもよくある話で、邪悪な神が復活したのでそれを倒すのに協力してくれという話だった。

[……。というか、悪魔はあんたたちじゃないのか?」

「なんですって!人間の分際で生意気な!」

怒り出すオンディーヌを、隣の少女が宥める。

「まあまあ。下賎な人間などに、魔族の高貴さなどわかりませんわ」

「……そうですわね。こほん。あなたがどこの田舎ものかしりませんが……」

オンディーヌは不満そうに、この世界のことを説明する。

彼女の説明によると、この世界は『魔界』と呼ばれていて、魔力をもつ『魔族』が魔力をもたない「人間」を支配しているとのことだった。

「私たちだって不本意なのです。使い道のなさそうな「針」とはいえ、下賎な人間が勇者の武器の使い手にえら゛はれるとは」

「だったら、俺は勇者を辞退するよ。てか、そもそも邪神なんて倒せるわけないだろ」

当然のごとく断る嵐の前に、黄金の針が投げ出される。

[私たちも、あまりあなたには期待しておりませんわ。ただ、伝説の武器は七つあります。そのうちの[針]の使い手がいなかったので、仕方なく召喚したに過ぎませんわ」

召喚したのに期待していないとは、勝手なことをいう。嵐は怒鳴りつけたくなるのを抑えて、情報収集することにした。

「んで、この[針」にはどんな効果があるんだ?」

「知りません。一応調べたのですが、伝説にも残っていませんでしたわ」

オンディーヌは冷たいことを言う。

「なら、俺を元の世界に帰してくれ」

一応頼んでみたが、すげなくあしらわれた。

「他の勇者が七機神をすべて倒したら、帰してあげますわ。いちおう『針』も必要になるかもしれないので、確保しておかねばならないのです」

予想通りの対応をされたので、嵐は落込む。

「……なら、俺は何をすればいいんだ?」

「そうですわね……。あなたは人間で、私たち魔族と違いますし」

オンディーヌ姫はしばらく考えた後、明るく言い放った。

「とりあえず、用ができるまで。黒洋公国に任せますわ」

そういうと、オンディーヌは嵐に関心を無くして、さっさと出て行ってしまった。

オンディーヌが出て行った後、部屋には先程の黒髪の少女が入って来る。

女子高のブレザーのような服を着て、腕に黒い腕輪をつけた少女は、嵐の前で深く一礼した。

「あなたの身柄は、我が黒洋公国が引き受けます。改めてよろしくお願いしますね。針の下僕さん。私は黒山国公女にして腕輪の魔者、スキールと申します」

スキールと名乗った少女は、にっこりと嵐に笑いかけた。

「その下僕ってのは、辞めてくれないか。俺には山田嵐という名前があるんだ」

「ヤマ……アラシさん?」

「だから、ヤマダアラシで……ああ、もうアラシでいいよ」

嵐はふて腐れたようにいう。

こうして、嵐の冒険が始まるのだった。

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