芝山千代田を埴輪が駆ける!

ヤミヲミルメ

芝山千代田の馬型埴輪

 季 夏麗リ・シャーリーが芝山千代田駅の改札をくぐります。

 大きな目の少女は、出口の近くのガラスケースに足を止め、飾られた埴輪はにわをしばし眺めました。

 どうやらこの芝山町では、出土する埴輪を町のシンボルにしているみたいです。


 駅を出ると、成田空港を離着陸する飛行機が、すぐ近くを飛び交っています。

 ロータリーを飾る位置に奇妙な像が建っていて、夏麗は思わず首をかしげました。

 駅の中で見た埴輪の仲間なのはわかります。

 それが馬をかたどっているのも、本物の馬と同じくらいの大きさなのもわかります。

 三体仲良く並んでいるのも、馬は群を作る動物だから、おかしなことではありません。

 だけどその四つのひづめの先にそれぞれ車輪が着いているのは、夏麗にはとても不思議に思えました。


 バス停に立って時刻表を見ると、次に来るバスは一時間後でした。

 これではイベントに間に合いません。

 タクシー乗り場に目をやると、ちょうど一台、停まっています。

 夏麗は迷わず乗り込みました。


 カバンからメモ用紙を取り出して読み上げます。

 タクシーの運転手は、夏麗の発音ではなくメモ用紙を見て「芝山文化センターですね」と微笑みました。


 タクシーの窓から見える景色は田んぼばかりです。

 夏麗がふと後ろに目をやると、馬が車道を走っていました。

 中国の馬の毛皮とは違う色です。

 珍しいなと思って見ているうちに、その馬が埴輪だと気がつきました。

 土で作られているはずの馬型の埴輪が、蹄の先の車輪を回転させて、タクシーを追いかけてきているのです。

 中国ではありえない光景に、夏麗は思わず悲鳴を上げました。


 運転手は顔をしかめました。

 中国人は騒がしいなぁとでも言いたげです。

 バックミラーを見ても少しも驚きません。

 日本人は埴輪が走っているぐらいでは驚かないのでしょうか?

 いいえ、驚かないのは芝山町の人だけです。



 ずいぶん長い距離を走って、タクシーはようやく芝山文化センターに到着しました。

 馬型埴輪はまだ夏麗を追いかけてきています。

 イベントを観にきた人の列が建物の中に消えていきます。

 夏麗は急いで運転手にお金を払って会場に駆け込みました。

 馬はきっと建物の中までは入ってこないはずです。


 受付のお姉さんの前に来て、夏麗は、チケットがないことに気がつきました。

 電車の中で確かめた時にはあったのに。

 落としたとしたら……タクシーに乗る前にカバンを開けた時です。

 ああ! 今から駅に戻ったのではイベントに間に合いません!


 泣きそうになった夏麗に、横からスッと、馬の首が伸びてきました。

 馬型埴輪の口には、落としたチケットがくわえられていました。



 イベントの内容は、若い演歌歌手に、地元のおばさんたちのお琴に、フラダンス教室の小学生。

 ここまでは、正直言って、退屈です。

 客席にじっと座っていると、長旅の疲れで眠ってしまいそうです。

 次の人が紹介されて、夏麗は弾かれたように激しく拍手を始めました。


 ステージに、スラリと背の高い、若い女性が現れます。

 可愛いというより美しいという雰囲気の人です。

 彼女がオカリナに唇を添えると、世界から他の全ての音が消えます。

 やさしい波動が広がって、清らかな音が染みていく。

 会場を埋めているのは演歌歌手の後援会やフラダンス小学生の保護者ばかり。

 オカリナ奏者がお目当てなのは、もしかしたら夏麗だけかもしれません。

 それでも演奏が終わって奏者がお辞儀をすると、会場は大喝采に包まれました。


 後ろから馬のいななきが聞こえて、夏麗がギョッとして振り返ると、さっきの馬型埴輪が前足を打ち鳴らして拍手していました。

 土でできている埴輪には、同じく土製のオカリナの音色は、心にひときわ響いたようです。

 夏麗はすっかり嬉しくなりました。

 だって夏麗は、この奏者のオカリナが聴きたくて、はるばる上海からやってきたのですから。



 イベントが終わって、会場の外へ出てからも、夏麗はしばらく夢心地のまま空を眺めて浸っていました。

 そのせいで、バス停に着いた時には帰りのバスが出てしまっていました。

 他のお客さんはみんなとっくに引き上げて、芝山文化センターの周囲に居るのは夏麗一人だけです。

 次のバスは二時間後です。

 これでは飛行機に間に合いません。


 困っていると馬型埴輪が、なんと中国語で話しかけてきました。

「余ノ背中ニ乗ルト良イアル」

 それはとても古い言葉でしたが、確かに中国語でした。

 日本は埴輪の時代から中国と交流があり、そもそも馬は大陸から人の手によって運ばれてきた生き物なのです。


 夏麗はおそるおそる馬型埴輪の鞍にまたがりました。

 ガラゴロガラゴロ。

 蹄の下の車輪を回転させて、馬型埴輪が走り出します。


 行きのタクシーではとにかく速く速くとばかり思っていたので気がつかなかったのですが、道端には何体もの埴輪像が立っていて、手を振って馬型埴輪を応援してくれました。

 だけど駅に滑り込む直前、夏麗の目の前を電車が走り去っていってしまいました。


 時刻表を見ます。

 バスに負けず劣らずな本数です。

 待っていたら飛行機に置いていかれてしまいます。


 駅前に居たもう二体の馬型埴輪が、夏麗たちのところに集まってきました。

 二体はガチャンガチャンと変形して、左右の翼の形になって、夏麗を乗せた馬型埴輪と合体しました。

 ペガサス型埴輪、爆誕です。

「良シ! 行クアル!」

 ペガサス型埴輪が車道を滑走し、離陸します。

 三体の馬型埴輪のように毎日飛行機を見続けていれば、飛び方ぐらいは自然と覚えるものなのです。

 このまま一気に海の向こうへ……

「ソレハ無理アル。馬ニハ『パスポート』ガナイアル」


 見下ろす地上は一面の田んぼ。

 黄金色の実りの景色を一気に飛び越え、ペガサス型埴輪が成田空港の滑走路に着陸します。

 どこかの飛行機が断りもなく空港に入ってくれば大事件ですが、ペガサスなので問題ないです。 

 こうして出発時間に間に合って、夏麗は大きな飛行機に乗って無事に上海へと帰っていったのでした。

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