第五夜
──痛い、嫌だ……たす、け……て…………
何処までも続く闇の中、シグレは怯えて泣いていた。何度も何度も繰り返される、あの時の痛み。怖くて、苦しくて、助けて欲しいのに助けを呼べなくて。このまま行けば壊れてしまうと解っていても。
ガチャッビシッビシィッビチャッ
『あ、あ……あ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"!』
『ほら……もっと啼いてよ、僕の
何度も何度も拷問具・
──痛い、痛い……痛い痛い痛い痛い!
身体を痛みと恐怖が支配する。目からは痛み故か恐怖故かそれとも両方なのか……知らず知らず涙が流れ頬を濡らす。
『あはっあはは、はは……あはははははははははは! ほらほらもっと啼いて? もっと怯えて? ねぇってばぁぁぁ!!』
目の前の男性が嬉しそうに笑って更に猫鞭を振り下ろす。
暫く猫鞭を奮っていた男性が不意にその手を止めて、シグレを見る。
傷だらけで所々から夥しい量の血を流す、幼い頃のシグレを。
そんなシグレを見て男性がニヤッと笑いシグレの耳許で囁く。まるで悪魔の囁きのように。
『──どうせ必要とされてないんだよ、お前は。だからさ……早く壊れちまえば?』
「う……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げて飛び起きる。ハァハァと荒い息を繰り返す。
──怖かった。また……またあの時のようになるのかと、逃げられないのかと……思った。
何度見たか解らない。繰り返し繰り返し見る、
「ひゅっ……」
身体が硬直して上手く息が吸えなくなる。
──苦しい……苦しい……
息が吸いたいのに、上手く吸えない。苦しさで既に濡れていた頬が更に濡れる。
「ひゅっ……ひゅっ……」
「──────────シグ」
不意に硬直した身体を暖かな
「シグ……大丈夫だから。もう怖くないから。怖かっただろ? もう大丈夫だから……」
「ひゅー……ひゅー……」
「シグ、俺の真似して? すー……ってさ」
「? ひぅー……」
「うん上手いよ。はー……」
「はっ、あ……ひぅー……」
「そうそう、上手だよ。ゆっくりな」
「ひぅー……ひゅっ、はっ……はー……はー……」
「よし落ち着いたな」
「あ……きさ、きさら……?」
「うん、キサラだよシグ。落ち着いたみたいで良かった」
「きさら……」
──良かった。キサラが助けて、くれた……
ぐったりと
「シグレ、もう大丈夫だから」
「……ッ!」
ぎゅうっと優しく抱きしめられる。それで思い出した。もう独りで抱え込まなくて良い事を。もう堪える必要が無い事を。そのたった一つの行動で、思い出した。
理解した途端、今まで耐えていた涙が瞳から溢れ出る。けっして輝沙羅以外には見せれない、弱々しい姿。
「……ッ……怖かっ、た……怖かっ…………」
「うんよく我慢したね、シグ。偉いよ」
ずっと耐えていた涙は際限なく零れ落ちる。皆シグレは強い人だと言い思う。けど実際は違う。シグレはとても弱くて脆い。シグレは自分の傷を見せる事は、弱さを露呈する事だと思っているだけなのだ。だから見せない。いや……見せれない。
──シグレは自分の事、過小評価し過ぎだ本当に……
苦し過ぎる過去に自身を否定され続けて。気が付けば自分が自分だと言う事が解らなくなって。
自分で自分をボロボロにして。当の本人はそれに全く気付いてなくて。これ以上傷付いた心を傷付けて欲しくないのに。
「──シグ?」
「zzZ」
「………………寝てる、のか……?」
いつの間にかシグレは泣き疲れて寝たらしい。──当たり前だ。あの夢を見て身体が休まる訳が無い。
「──ゆっくり休めよ、シグ」
優しく頭を撫でながらそっと呟く。シグレの顔はいつになく穏やかで、それはまるで安心して眠る幼子のようだった。
そんなシグレを慈しむような目で眺めて、輝沙羅は携帯を取り出し電話をかける。
プルルルルル……プチッ
『──輝沙羅っち? シグレ、寝た?』
「嗚呼寝たよ、ついさっき。よほど大泣きしてたから相当キツかったんじゃないのかな……」
『そうか……解った、団長には言うとくよ。輝沙羅っちは付いててあげなよ』
「そうさせてもらうかな。まだ心配だし」
『うんじゃあ宜しくね』
プツッツーツー……
──アイツも結構心配してんだよな……本人は否定するけど。
輝沙羅は携帯をしまうと、シグレをベッドに横にさせそばの椅子に腰掛ける。
「──お疲れシグ」
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