吹き抜ける。


「え...あれ、なにそれ...、ナイス、レシーブ?」


まだ一がバレー経験者だと知らない部員達は、たまたままぐれではない狙ったレシーブに心底驚いている様子。


確かに強打ではあったけれど。


一の放ったボールはキャッチされることなくてんてんてんと、コートを自由に転がっていく。


「あ、えと、ずっとバレーやってたんで、流れ弾くらいやったらまぁ、なんとか...」


バレー部だった一にとってはこのくらい特に造作もないことなので、逆に驚かれる反応には戸惑ってしまう。


もしかして受け身的対応はタブーだったのか...と、能天気視点からしか見ていなかった男子バレー部員への不安が募る。


こちらを見ている男子部員の顔を引目で視界の端に入れていると、行きなり全員の口元が一斉に緩んだ。


「すっげっ!かぁっけぇっ!」


「関西弁の可愛いレシーブも出来る女子マネージャー!!初めてだなこのパターンっ!!」


両手をグーにして胸元で構え、目をキラキラにしながら見開く。


有り難がられている気がしないでもない。


「.......え、そこ、喜ぶん?」


喜ばれたことはなく、せいぜい「サンキュー」や「あ、ごめん大丈夫やった?」など軽いあしらいしか受けたことの無い一にとっては、手放しで喜ばれるのには動揺してしまう。


何か裏がある。


絶対何か、裏があるんだ。


可愛いだのなんだのとはしゃぎ、今もまたレシーブが出来るということでこんなに喜ばれるなんて、どう考えてもおかしい。


きっと何か裏があるんだと、一にはそうとしか思えない歓迎ムードだ。


だが男子部員には一切そんな裏も表もなく、レアなマネが来たことにテンションが上がっているだけのことだった。


「やろうっ!一緒に!」


一の目の前まで近い距離まで踏み込んできた谷巻が、親指を立てて誘いをかける。


それを聞いた他のメンバーからは「ナイスっ!」と声が上がった。


「は?」


訝しげな顔を全面に押し出して眉を潜めた一が、首を傾げて谷巻きをみやる。


一緒にというのはバレーをということに違いなく、本気でやらされる雰囲気に一がさらに後ずさった。


男子とバレーの試合、遊びとはいえ遊びで済んだことの無い一にとっては怖いイメージしかない。


「やろうっ!おいでっ!」


「一ちゃんはやくはやく!」


怖くてたまらない一に部員たちがわらわら駆け寄り、取り囲むようにして集まってきた。


気づけば完璧囲まれていて、両隣はしっかり完全に陣取られたため逃げられなくなっている。


手はさりげなく肩に宛がわれていて、こういうエスコートに長けている印象を抱かせた。


女慣れを匂わせられても嫌悪はなく、自然すぎるので体に触れられている部類には入らない。


「よし、行こ行こっ、ポジションどこだった?や、どこでもいいや。とりあえずレフトの隣とかでいいよねぇ」


言いながらコートにずいずい入っていく。


「や、え、あの、ちょっと、待って下さいって、無理やろっ、無理に決まってるやんっ」


腕を引かれ背中を押されて意思とは関係なく体は前へ進められているが、足を踏ん張らせて抵抗を示す。


もう先輩相手の敬語なんて気にする余裕すらなくなっていて、最後の方は完全にため口になってしまっていた。


これはいくらなんでも口が滑りすぎたかと焦るも、当人は全く意に介しておらずにっこにっこ顔だ。


「関西弁で拒否とかたまんねぇ...つか、無理じゃないっ。レシーブ完璧だったし大丈夫っ。それに遊びだからっ」


頭がくらくらする。


さっきまでの白熱していた練習内容を思い出すと絶対入ってはいけない場所であることが容易に想像できた。


男子との練習を兼ねた試合経験も無くないとはいえ、それは中学までの話で前の高校では経験がない。


高校生と中学生ではパワーが違うし、重ねられたバレー経験が一層そのパワーを引き上げていることは疑いようの無い事実。


そんな中で自分がバレーをするなんて、例えゲームでも...


「どう考えても無理やっってば。死ぬわっ」


顔面レシーブだけでなく、飛んできたボールの威力に弾き飛ばされる自分がしっかり映像化されている。


体に力を入れて負荷をかけ、全力で拒否した一は助けを求めるべく女子部員のいる隣のコートへ視線を飛ばした。


が、綺麗に誰もいない。


一はまだ知らないが、一応男子バレーと女子バレーの体育館は別になっているので普段は同じ体育館にはいないのだ。


なんで居てへんのっ!!


心のなかでツッコミを入れた一の足は、早くもコートに到着していた。


「よーしお前らーっ、入れるだけコート入れー!一年も二年もっ」


一の腕を掴んでコートの中まで来た谷巻が手招きして部員全員を呼び集める。


「なめてんのかっ、話聞けや!あんたら殺す気か!」


一の口調ももうすでに素で、先輩に気を使う事など放棄していた。


「いえーいっ!寿司詰めバレーだーっ!」


「ひゃっほーぃっ!おもしろそうじゃあんっ!」


コート内に全員雪崩れ込み、文字通り寿司詰め状態で野郎共が大騒ぎしている。


パーティだ。


とんだお祭り騒ぎに突入してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る