吹き抜ける。


「おなーかすいた、おなーかすいた」


朝からハードな運動をしたのでお腹が減ってきた一は、家から学校までちょうど中間地点にある辺りの高台で一旦休憩を取る。


ここへ越してくるとなって、下見に来た日に見つけた高台。


いくつかルートがあると近所の親切なおばちゃんに教えてもらって試しに道順を辿ったのだが、今走っている裏道ルートが一番早く体力の消耗も少なかった。


国道から脇道に外れ、細い獣道のような畔を走る。


両側杉の木林に囲まれたきつい坂を上り切ったところには、地元の人がひっそり奉るお稲荷さまがあり、井戸端会議ようなのか古びたベンチが置かれていた。


その目前は杉林がなく開けていて、この町を一望できる大パノラマが広がっている。


それが気に入った。


若いものは虫が飛んでいたり雰囲気や杉林が気持ち悪いと言ってあまり近寄らないけれど、一にとっては憩いの場となっていた。


自転車を停め、ハンドルにぶら下げたさレジ袋から小さく握ったおにぎりを取り出し、おいなりさんに供える。


お邪魔しますと手を合わせ、昨日お供えしたぶんを引き取って、レジ袋へ入れた。


それからベンチに座り、鞄から持ってきていたおにぎりを取り出すと、ラップを外して大振りな一口でかぶりついた。


「うんまぁっ!!やっぱりめっちゃうまいっ!」


朝ご飯を食べている間が勿体ないなく、けれど途中で絶対お腹が空くので朝食分の白米をおにぎりにして、持ってきている。


そんなことまでしなくても、朝ちゃんと食べて途中でおにぎりを食べなさいと家族が言うのにも関わらず、その分のご飯が勿体ないからとそれも拒否していた。


なので、起きてから口にする最初の食事がこの場所でのおにぎりなのである。


強めに入れた塩がなんともたまらない。


「あ、今日も来るんやろか」


二つ目のおにぎりを開封したところで、自分が登ってきたところとは反対の方を覗き見る。


別に待っているわけではない。


けれど毎日この時間に、同じ年くらいの男の子がランニングのためにここを通るので何気に今日も来るのか気になっている。


かっこいいから気になっちゃってではなく、ただこんな朝の早い時間から同年代とで会う感覚が嬉しいのだ。


学校ギリギリまで寝てる学生が多い中、この人も朝早くから起きてるんだなぁ、一緒だなぁみたいな。


その男子が通る度にいつもそんなことを考え、励めよ青年などと老人みたいな激を心で唱えている。


そして今日も、毎朝ランニングする青年がしっかりした足取りで坂を走ってきた。


「おぉー、早い早い」


毎日走っているだけの事はあって、厳しい坂を上がりきっても走るスタイルは崩れず凛と美しいまま。


イヤホンで音楽を聴きながら、コンパクトにまとめられた走行スタイルで乱れなく走る姿はスポ根とはイメージの重ならない繊細なものがある。


自分だったら多少崩れるなぁと、ここにも感心ポイントを置いていた。


規則正しい靴の音が静かな景色にリズムよく染み込んでいく。


もうすぐ訪れる夏、蝉の声と一緒になったらどんなかなと少し楽しみにしていたり。


たったったったっ...じゃくっじゃくっじゃくっじゃくっ...。


蹴る音と砂利の跳ねる音が心地いい。


距離が近づく、まっすぐ前だけを見た彼が一には気づいた素振りも見せず通りすぎていく。


おにぎりにかぶりつきながら耳を澄ませて、目の前を通る長身の彼を今日も見送った。


頑張っている人を見ると自分にもそれが感染するもので、後残りの距離もかっ飛ばしていける気がするから不思議だ。


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