第66話「戦場の観察」

「ウゴァァ!!」


「そんなんじゃ当たんないよー!豚巨人よりは早いけどねー!」


エイプが丸太のような指を連ねた拳を振る度に、荒野の砂が舞い上がっていた。

その度にコウはひょいと軽く跳躍をしながら拳を避けている。

苦労はしてないようだな。


「さー!まだ両方共準備が整ってないみたいだから、もう少し遊ばしてもらおっかなー!それ!」


エイプの体は偶に繰り出されるコウの斬撃に、所々傷がつき始めていた。

だが致命傷には至っていない。

もちろんコウが本気を出していないのも分かるが、あいつの斬撃を食らっていてダメージをそこまで受けていないというエイプの防御力には目を見張るものがある。


先程からのコウの斬撃が当たった際の音が鈍い。

いや、音が小さいと言うべきだろうか。それから察するに・・・恐らくだが、エイプの体を覆うあの“体毛”が問題なのかも知れんな・・・・・


それにしてもコウの戦いを見るたびに、弟の急速な成長が感じ取れる。

ハステル戦以降のコウの成長は目覚ましい。

モリアナへの旅の道中でも魔物と遭遇したのだが、そこでは魔物とのあまりの力量差に気づかなかった。

この戦いを見る限りオークキングとの戦闘の時よりも、より速くなっているな。

あいつは天井知らずなのか?


だが疑問が残る。

正直、コウなら殺ろうと思えば殺れるはずだ。

聞こえてきたコウの言葉から考えると同時に決着をつけたいのだろうか・・・・・


ということは1体倒してしまうと何かまずい?

エイプは共食いをする事で強くなるとか?

そうではないとして仮定するならば、状況から鑑みるに他にも敵がいて、巨大なエイプの戦況が悪化すると一気に攻め込まれる可能性があるということか?


となると後者の可能性が高いか・・・・


俺はふと、小3の夏の時のことを思い出した。

誕生日に買ってもらったというタムラホビーのエリちゃん人形を取られてイジメられていた見知らぬ女の子をコウが助けた時だ。

虐めていたのは一つ上の5年生の男の子数人だったが、既に武道を始めていた俺達は難なく人形を取り戻す事ができた。


後日、俺達が学校から帰宅しているとリーダー格の奴が仲間を引き連れて今度はコウに絡んできたのだ。

その時コウと俺は別で帰っていたのだが、家に帰る前の曲がり角を曲がるとタイミングよく、その状況を見ることになったのだ。

止めておけばいいものの、タイマンだと神社に呼び出されたことに対して、コウはそのまま受けて神社へと向かったのだ。

マズイと思った俺は後をつけると、そこにいたのは中学生だったのだ。

どうやらリーダー格の兄らしく、弟がやられたので出張っていたらしい。

中学生とあって体格差はあるものの、リーダー格の兄はスポーツなどやっていないであろう身体付だった。


案の定、コウは中学生を赤子の手を捻るかの如く瞬殺したのだが、その途端に後に控えていた5年生達が一気に攻めてきたのだ。


もちろん俺も飛び出して事なきを得たのだが二人共ボロボロだった。

因みに中学生になって分かったことだが、その女の子が、隣の学区から遊びに来ていたアスナだった。


そんなことを思い返しながらコウを見る。


いくらコウが強くても、数がいては手が回りきらなくなる。

キミヒサ達とナタリー達の戦況を見ながら時間稼ぎをしているということかもしれんな。


まぁ、コウに関しては心配するほどでもなさそうだな。


そうなるとあの3体のエイプを倒した後は固まった方が良さそうだな。

当時の事を思い出して、数で攻められた時の問題点を頭の中に羅列していく。


ひとしきり纏まった所で、俺はモリアナ兵の一人に手を振り呼びつけると3体のエイプを倒したタイミングで一気に退くように伝えておいた。

このまま数の戦いになったとしても怪我をした兵士達には荷が重い。


まぁそれまでに弱点を暴いてみせるがな。


さぁ、問題は魔法が効きにくいとされるエイプに対して、魔法使いであるテオがどう動くか。

そして、あの二人の異能がどこまでの物かだ。

それによっては皆で退くことも視野に入れておかないとな・・・・・


さて、ナタリー達はどうだ。

俺はそのままナタリー達の方へと目をやると驚いた。

そこではナタリーだけがエイプと対峙していたのだ。


「流石コウ様ですね・・・・私は避けるので手一杯なのにっ!」


「ウゴァ!!!」


ナタリーは、ようやく見出したエイプの隙に合わせて斬りかかるも、その斬撃はエイプの毛で止まってしまい、見えるようなダメージは残せていない。


「ウガァァ!!」


「っく!」


巨大なエイプの攻撃をどうにか躱し続けているもののナタリーにはダメージに繋がる攻撃をする余裕は残されていないようだ。

だがエイプの攻撃は何とか避けられているようで、まだ危なげはない。


しかし少しずつではあるが、エイプの攻撃で飛び散る石によりナタリーの体に傷が刻まれ始めている。

コウと違って息が上がり始めている。

あのままではナタリーの体力が尽きてしまうだろう。


エイプは体毛が濃いため打撃が通じ難いのはわかる。同じように人間の頭にも髪の毛が残っている。

急所を守る。言わば衝撃緩和材なのだ。

だが斬撃となれば話は別だ。

生物学的に見ても剣ほどの鋭利な爪や牙などを持つものはそうそういない。

いくら鋭利と言えど刃物と比べれば、その切れ味は雲泥の差だ。切り裂かれた断面を見れば一目瞭然である。


言うなれば自然界で起こりうる大きなダメージは通常、殴られたり転けたりの“打つ”、枝や牙のように突き刺さる“刺す”、爪や木の枝などで“抉る”などだ。

“斬る”というダメージは人類が刃物を発明したからこそ生まれたダメージである。


もちろん斬撃だけではない。投擲も人類ならではの攻撃方法の一つだ。だからこそ人類は他の生物よりアドバンテージを有している訳だ。


だがそのアドバンテージの一つである斬撃がエイプにダメージを与えていない。

ナタリーの剣はベラデイルで作った特注品である。

それを持ってしてもダメージを与えれていないとなると、やはりあの体毛に秘密があると考えるべきだ。


毛か・・・・チオグリコール酸カルシウム・・・・

無理だな材料がない・・・・

ということはまたあれに頼ることになるかもしれんな・・・・


「テオ殿!!まだかかるのか!?」


そうだ。テオは何をやっているんだ?

ナタリーの声で気づいた俺はテオを探すと2メートル程の大きさの岩の影に見つけることが出来た。


「まだじゃ!図体がデカイからの、もう少し耐えるんじゃ!頼むぞナタリー!」


「承知した!」


テオは殺り合うナタリーから少し離れて、何やら魔力を練っているかのようだ。

まさか魔法で何とかするつもりなのか?

だとしても準備が整うまでにナタリーの体力が落ちてきた時がマズいな。手は打っておこうか。


「アリアス、ナタリーの方のエイプに狙いを定めておいてくれ。このままだと、もしかするかもしれないからな。あと、テオに動きがあったら教えてくれ。」


「わ、分かりました!」


それにしても魔法が効きにくいエイプに対して魔法で攻めるつもりなのか?

もしそうならば何の魔法だ?

そんな疑問を残し、俺はキミヒサ達の方へと目を向けた。


「ゴガァァァァ!!!」


こちらはこちらで奇妙な事になっていた。


対峙するキミヒサとアスナに向かってエイプが拳を振り降ろそうとする度に、エイプの挙動が乱れている。

そのお陰かキミヒサの斬撃が尽くエイプへと命中している。

傷は浅いものの、キミヒサ達と対峙するエイプは確実にダメージを負っていた。

アスナは少し離れた位置から見ているだけだ。


たしかキミヒサとアスナの異能は《波動》と《幻影》だったな・・・・


さて、見せて貰おうか。俺に無い“異能”を。

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