第67話「赤い不安」

「硬ってぇなおい!!」


キミヒサの腰を据えた一撃をもってしても、エイプの体には致命傷は与えられていない。


「ちょっと!どうにか逸してんだから何とかしなさいよ!」


アスナはキミヒサの傍らに居るはずなのだが、声はそこからは聞こえてこない。


「うっせぇな!どうにも毛が硬すぎて刃が奥まで通らねぇんだよ!頭痛がしてきたぞ・・・・」


そうこうしている間にもエイプが再び拳を振り回す。

エイプの拳は、そこにいる筈のアスナを通り抜けてキミヒサへと伸びた。


「っな!!?アスナ!!」


俺はそれを見て思わず声を上げてしまったが、よく見ると既にアスナの姿は掻き消えてしまっていた。


「うぉあ!危ねー!お前もちゃんと逸らせよ!」


キミヒサは振り出された拳を辛うじて避けると、何処を見るでもなくアスナに対して喚いている。

だがキミヒサの表情は優れない。

本当に頭痛がしているのだろう。


「うっさいわねー!こっちも頭痛くなってきたじゃないの!」


キミヒサの声に応えるかのように、先程アスナの姿があった場所がモヤモヤと空気が歪み、まるで寄り目から戻した時のようにアスナの姿が再び現れたのだ。


「ほほう。あれが“幻影”か・・・・・」


「ニャニャニャ!!だ、旦那!あの人どうなってんだ!?」


ルーイはドングリ眼をパチパチさせると、目を擦って再びアスナの方を見ていた。


「あれがアスナの異能“幻影”らしい。恐らく、俺達が見ている場所にアスナはいないだろう。」


「それ最強じゃね?」


「俺も最初はそう思っていた。だが、あながちそうとは言えんかもな・・・もしエイプに学習能力があれば、そろそろ気づく頃かもしれん。」


「何を?」


「音だ。」


「音?」


「ああ、アスナの声が幻影から聞こえてこないと言う事は、恐らくアスナは視覚にしか影響を与えれないのかもしれん。そうだとするなら、あくまで仮説だが、アスナの能力では音や臭いまで調整がきかないことになる。そうなると鎧の擦れる音や地面を踏む音で居場所がバレかねない。」


「マジかよ!?エイプって言えば魔物の中でも知能が高い方だぜ・・・・」


知能が高く、魔法が効きにくい、おまけに頑丈。

その巨体から繰り出される攻撃は、人を簡単に潰すことが出来る・・・・・ダメだな・・・・

纏めて倒す方法が思いつかない・・・・

いや、視点を変えてみよう。


奥に見えるのは森、その更に奥には山、そして現在俺達がいるのは真っ赤な大地が広がる《ブラド荒野》・・・・


湖や池などがあれば、水を顔面に集中させて窒息させる事も考えてみたが、荒野のため水は見当たらない。

空気中から水を集めたとしても高が知れているだろう。


この場にあるのは赤い大地のみか・・・・

それにしても赤いな。

これ、鉄・・・・だよな・・・・・?


「・・・・待てよ・・・・ルーイ、紙とペンを。」


「あいよ!・・・・ってことは旦那!それじゃあ?」


「まだだ。見てみないと分からない。もし俺の予想通りなら不味いかもしれん!最速で頼む!」


「ガッテンだ!!」


俺はペンと紙を受け取ると、事前にルーイと打ち合わせしていた魔法陣に必要な項目を書き出して、そのままルーイへと渡した。


「頰を撫でる恵風よ、大地を穿つ業風よ、その力を束ね向かう先を断たん!我が声を以て理の外にて現れよ!ブロウナイフ!!!」


アリアスの詠唱を聞いた俺は、直ぐ様視線をナタリーへと向けた。

俺達から見て正面にコウ、左斜め前にキミヒサ、右斜め前にナタリーとなっていたため、ナタリー達の状況を見れずにいたのだ。


すでにエイプの拳は振り上げられており、ナタリーの頭上へと落ちる寸前だ。


放たれたブロウナイフ(鎌鼬)が一瞬にしてエイプの顔へと命中し、エイプを仰け反らせる事ができた。

その隙にナタリーは拳の落下地点から逃れることに成功した。


「流石だ、ありがとうアリアス。状況はどうだ?」


「今、テオ爺が岩場の影から出てきた所です!恐らくもう少しで何かしらの魔法を放つんだと思います。でもナタリーがそろそろ限界みたいで・・・・」


ナタリーに目を向けると先程より小傷が増え、額からは大粒の汗が落ちている。

ここからでも分かるほど息が荒い。

確かにもうそろそろ限界だろう。このままでは、こちらの援護があったとしてもいつか避けきれない事態になる。

テオもまた、両手を前に突き出したまま表情が優れない。


「アリアス、俺はテオのところまで行ってくる。それまで、ナタリーの援護を頼む。すぐ戻るが俺が着いたらキミヒサたちの方にも目をやってくれ。大丈夫だ、エイプをアリアスの方には絶対に向かわせない。」


「え?!は、はい!」


「ルーイ!すぐ戻るからそのまま続けてくれ!」


「旦那!出来たぞ!」


「速いな!流石だ!ならそっちからやろう!ルーイ、すまないが代わりにテオの所に行ってくれ!テオに火属性魔法ならまだ使うなと言ってくれ!」


「お、おう!!」


ルーイから魔法陣が刻印された紙を受け取ると、腰にぶら下げていた本をホルダーから外して取り出した。

親指ほどの大きさの色とりどりの石が埋め込まれた表紙を捲り、ルーイから渡された紙を本に纏める。


「アキラさん、それは・・・・・?」


不条理の綴り書きアブサーディティスペリング・・・・・俺の“剣”だ。」


科学を愛する者が魔法を使う事への皮肉。

それが俺の“剣”たる不条理の綴り書きアブサーディティスペリングの名前の由来だ。

そして俺は不条理の綴り書きアブサーディティスペリングへと魔力を流し込む。


「まぁ今からやるのは攻撃ではないがな。・・・・さぁ見せてくれ。・・・・インデックス!」


俺の声に合わせて、開かれた不条理の綴り書きアブサーディティスペリングが目次のページへと自動で捲れると、目次ページの見開きから輝きを放った。


その瞬間、不条理の綴り書きアブサーディティスペリングから放たれた緑色に輝く光が瞬く間に辺りを駆け抜ける。


「・・・・・キレイな光・・・・」


「え!?何これ!・・・・兄ちゃん!?」


アリアスやコウだけでなく、エイプも含めた他の奴らも、突然の光に戸惑っている。


そして放たれた緑色の光が不条理の綴り書きアブサーディティスペリングへと帰ってきた。

再び目次ページが輝く。直ぐに輝きが収まり、俺は目次を確認する。


「ビンゴか・・・・・・不味いな・・・・頭痛・・・アリアス!キミヒサとアスナに回復魔法をかけに行ってくれ!俺はナタリーとテオの所へ行く!任せたぞ!」


俺は目次を確認して、自分の考えが間違っていないと認識したが、同時に最悪の事態が頭を過った。


「は、はい!」


俺はその不安を取り除くべく、アリアスの声を背に全速力でテオの元まで走り出した。

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