第61話「ブラド荒野の二人」
「5、6、7班は後方に下がって1班の相手に1体づつ集中砲火!2、3、4班は1班の補助につけ!残り2体は俺とアスナが止める!ここはあいつらの
「「「了解!」」」
モリアナ
そこは、まるで血でもぶち撒けたかのような赤い大地が広がっている。
南には鬱蒼と茂る森があるにも関わらず、ここら一帯には木々は無く、枯れた草が疎らに生えているだけである。
荒野自体はさほど広がってはいない。
だが南には森、北には農耕地帯と、この赤い荒野の異様さが嫌でも目に止まる。
そのため、近隣の住人達からは『まるで大きな魔物がここで息絶えたかのようだ』と畏怖を込めて《ベヒモスの墓》と呼ばれていた。
そこに今、森を背にした3体のエイプとキミヒサとアスナを含む二個小隊の兵士30名が対峙していた。
エイプは品定めするかのように兵士たちから目を離さず左右にゆっくり行ったり来たりしていた。
すでに何方か一方が動いた時点で戦いが始まってしまう。そんな状況である。
「ねえキミヒサ、本当に大丈夫なの?あいつらが出てきてまる一日よ?あのまま攻撃してこない訳だし、退いたほうがいいんじゃない?」
先程兵士達を鼓舞した男のもとにシルエットだけで女性だと分かる線の細い兵士がゆっくりと近づくと、ロングの栗色の髪を風で揺らしながら、男に小声で話しかけていた。
「退くのは簡単だが被害が出てしまえば目も当てられないだろ?それに8班を伝令に出しているからな、倒さずとも時間稼ぎができりゃあ援軍が到着するだろう。そこまでいけば上出来だ。まぁ最悪3体なら俺とアスナでなんとかできるだろ?」
「そりゃそうだけど、私が言ってるのは“その後ろ”よ。」
アスナは未だ品定めの最中かの様なエイプ後ろに佇む森に向けて視線を投げた。
その森はキミヒサたちの場所から離れてはいるものの、エイプの後方には深く繁った森が見えている。
そう、それだけならどうと言うことはない。
だが見ているのだ。
《ブラド荒野》の状況を測るかのようにエイプが木々の隙間から無数の目を公久達の方に向けていた。
「分かってるよ。だから出来るだけ長引かせるんだ。俺とお前が出張って森にいる追加が来られても困るからな。」
「そういうことね・・・・あぁ・・・せっかくゴブリンパーティーの討伐も終わってアキラとコウに会えると思ってたのに、とんだ災難だわ」
「まぁそう言うなよ、働かざる者食うべからずだ。ちょいとばかし面倒な相手だがな。」
「そうね。この世界に来て最初に遭遇した時はどうしようかと思ったけど、今じゃ何とかなっちゃうもんね。」
「俺たちの《謎の能力》と最上の親父さんの修行様々だな!まぁ油断はできないがな・・・・・」
二人は会話をしながらも視線はエイプの動向を捉えたままであった。
だがその会話もエイプの動きの変化によって中断された。
絶え間なく動いていたエイプが足を止めたのだ。
「キミヒサ・・・・嫌な予感がするんだけど・・・・・」
「奇遇だな。俺もだ・・・・」
剣を握る力を強めて、エイプの一挙手一投足を見逃さないように集中する二人。
次の瞬間、静寂が破られた。
キミヒサとアスナの後方からけたたましい音が立ったかと思うと、《ブラド荒野》の赤い土が次々と舞い上がった。
「キミヒサ!後ろ!!」
キミヒサが後ろを振り向くと人の頭ほどある岩が地面にめり込んでいた。
「全軍散開!森から投擲される岩に備えろ!防御主体で構わん!受けるな!避けるんだ!5、6、7班は魔法で撃ち落とせるなら撃ち落とせ!」
(くそっ!だから知恵の回るエイプは嫌なんだ!!)
《ブラド荒野》全てに届くようなキミヒサの指示を受けた兵士達は次々と投擲される岩を詠唱簡略された魔法で砕いていく。
「やっぱり魔法
アスナは兵士の魔法の腕を賞賛しながらも自らに飛んでくる岩を軽々と避けていくがキミヒサを見ながら顔を
何故ならキミヒサは一歩も動かず、その場に立ったままなのである。
「あんたの能力はズルいわ・・・・」
キミヒサに岩が飛んでくるも、既の所で岩が軌道を変えてキミヒサに当たることなく落ちてゆくのだ。
「この辺りは魔素が多いからな。じゃなかったら華麗なステップで避けている所だ!まぁ俺はアスナの能力の方が欲しかったがな!」
キミヒサはそう言いながら戦場とは思えないほどだらしない表情になっていた。
「はいはい、顔が濃いだけでなくキモいド変態犯罪者。」
「俺だって男の子なの!!それより投擲が止んだ・・・・来るぞ。」
「あぁ・・・・やっぱりね。」
投擲が止むのと同時に静止していたエイプ達が一斉に向かって来たのだ。
キミヒサとアスナはエイプの行動を読んでいたようで一気に駆け出し、隊の最前線へと向かったのだ。
「皆、固まって!バラけた奴から狙われるわよ!後方の隊は投擲を警戒しつつ作戦通り魔法を集中!」
「「「了解!!」」」
アスナが振り返り後方の隊に向かって指示を出した時には既にエイプの1体がアスナの背後から野球のグローブの様な拳を振り上げていた。
「アスナ様後ろ!」
丁度アスナを視界に入れていた若い兵士が焦って声をあげた。
エイプがアスナに向かっているのは分かっていたのだが人とは比べ物にならない速度に反応が遅れてしまっていた。
兵士とアスナの距離は30メートル以上もあり、走っても間に合わない。
声をあげたその時には既に遅く、エイプの拳がアスナへと振り下ろされていた。
「ウゴァァァ!!?」
だが叫びをあげたのはアスナではなく、殴りかかったエイプである。
エイプが急に脇腹から血を拭き上げたと思うと、そのまま横へと吹っ飛び地面を転がっていたのだ。
何故か既にアスナの姿はなく、見渡しても何処にも見当たらない。
声をあげた兵士が突然のことに唖然となり、そのまま立ち尽くしていた。
するとポンと後から肩を叩かれて我に帰り振り向くとそこには先ほどエイプの側にいたはずのアスナが立っていたのだ。
「新人、私とキミヒサには構わなくていいから作戦通り動きなさい。」
兵士は理解が出来ていないのか声が出ないまま呆けていた。
何故ならこの出来事がものの数秒の事であったからだ。
普通に走ったのであっても自分の側まで来れる時間ではない。
いや寧ろ自分の後にいたのだ。
「はい、分かったら戻る!」
「・・・・わかりませ・・・は、はい!了解です!」
兵士は混乱しながらも小隊に戻っていくと先輩であるベテラン兵士が途中まで迎えに来てくれていた。
「声をあげたのは良くやった。だがあの《波動》と《幻影》は規格外だ。さぁ1班の支援に行くぞ!」
「先輩!一体全体どうなったらエイプに殴られそうだったアスナ様が、離れていた俺の後にいるような事になるんです?!」
「お前が見たアスナ様は名のごとく《幻影》だからだよ。」
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