第54話「寝起きの夕焼けは夜型の鉄則だよね」

「ふぁ〜〜・・・・・・流石に眠いね〜」


拳でも入るかと思えるくらいの大きな欠伸をし、コウが呟いていた。


一睡もせずここまでぶっ飛ばして来た挙句、オークパーティとの戦いを終わらせたのだ。


流石に俺も眠気が襲ってきている・・・・

眠い・・・・・


広間でのエスティナへの謁見を一旦終えて、俺達はシェーバスとメイド2人に連れられて充てがわれた部屋へと案内されていた。

メイドの2人は《カミラ》と《リエーラ》というらしく、大広間から出る際に自己紹介をしていた。


《カミラ》は癖っ毛の黒髪を左右に束ね、健康的に焼けた肌の中学生くらいの娘で天真爛漫な雰囲気を醸し出していた。

一方リエーラはというと栗色のロングストレートの髪型で色白のスタイル抜群のお姉さんだ。メイド服の上からでもその肢体の美しさが感じ取れる。年齢はナタリーくらいだろうか?


既にアリアスとナタリーは部屋に戻っており、報告書を纏めているらしい。

大変だな。俺達も書くことになるのだろうか?

面倒くさいレポートの山を思い出すと避けたい気持ちが溢れてきたが、情報を纏めているであろうシェーバスの気持ちを考えると、その気持ちも治まった。

情報が欠けると見えない事が多い。

出来る限り協力する事で自分たちの安全にも繋がる訳だ。


そんな事を考えていると、前を歩いていたシェーバスの規則正しい足音が止まった。


「こちらがコウ様のお部屋です。朝に一度、清掃のため使用人が入ります。ご了承ください。」


「オッケー!でも掃除くらいするよー?」


「お心遣い誠にありがとうございます。ですが防犯も兼ねております。ご了承ください。部屋の設備のことは《リエーラ》がご説明致します。」


「そっか、了解!」


長い廊下を進みエントランスから二階へ上がると一階と同じように左右に長い廊下が続いていた。

コウの部屋は左の突き当りの左手の部屋である。

右手は廊下が続いていた。


「じゃあ兄ちゃんとルーイちゃんの部屋はどこになるの?」


「研究出来るお部屋をとの事でしたので、この先になります。お目覚めになられましたらその時に、《リエーラ》を案内に付けますがいかがいたしますか?」


この先と言うとエスティナに謁見していた大広間の上か。


「オッケー!リエちゃん宜しくー!」


「コウと同じ部屋じゃなくて良かったぜ!楽しみだな旦那!」


「っな!!!ルーイちゃん!そんな事言わないで〜なんなら同じ部屋で寝よっか?」


コウの発言にルーイは威嚇ポーズで臨戦態勢である。


不貞腐れるコウを宥めると諦めたらしく大人しくリエーラと部屋に入っていった。


コウの部屋の前の突き当りの角を曲がると先程の廊下よりも扉の数が少ないのが見て取れた。

部屋数は半分くらいか。


暫く進むのかと思ったが、シェーバスは曲がった最初の部屋の扉で立ち止まった。


「こちらになります。以前はエスティナ様が実験で時折使っておりました部屋ですので機材は揃っております。ベッドも2つ運び入れておりますので、そちらでお休みください。部屋のことはカミラがご案内致します。」


「え!旦那と同じ部屋にゃのか!?」


ルーイはシェーバスの説明を聞くなりピョンと飛び上がった。耳を横に向けて何とも不安そうである。


「何をそんなに驚くんだ?研究開発なら都合が良いだろう?」


「ルーイさん大丈夫ですよ。中に小部屋がありますので、そちらにベッドを一つ運んでおります。」


「お、おう!そうか!そうだな!!研究には都合が良いもんな!」


シェーバスがそう言うと途端にルーイの耳が跳ね上がった。

今の会話は何だったんだ?・・・・・・

まさか俺と相部屋が嫌とかか?

だとしても同じ部屋でのメリットは大きい。

別室で我慢してもらうしかないな。


思考を切り替えるとカミラにより部屋の扉が開かれた。


「では、お部屋へどうぞ!」


「ありがとうカミラ。シェーバス、因みに書庫はどこにあるんだ?」


「隣の部屋でございます。近いほうが何かと便利がいいでしょうとエスティナ様のご配慮です。」


「そうか、ありがとう。」


「では私はこれで失礼致します。何かあればカミラにお申し付け下さい。」


シェーバスはそのまま早速と立ち去っていった。

まだ子供とは思えないような身のこなしに暫く感嘆していると、既に部屋に入っていたルーイが俺を呼んできた。

それに応えて部屋に入ると、そこには知っている器具やら見たことのない道具等、ホルマリン漬けのような中に未知の物が浮かんでいるビンなどがズラリと棚に並んでいた。

入ってすぐに水回りや大きなテーブルがあり、テーブルの上にも棚にあるものとは違う様々な器具が並んでいた。

広さも実家の道場くらいはある様に感じる。


右手には扉があり、そこにベッドが一つ用意されていた。これがルーイの分であろう。

奥には大きな窓があり、そこからバルコニーへと出られるようになっていた。

俺のベッドはこの大きな窓の横に置かれていた。

遮光カーテンであることを確認するとそのままバルコニーへと出てみた。


バルコニーには様々な植物が植えられており、見た事もない植物に好奇心を擽られた。

ここに植えられていると言うことは何かの効果があるからなのだろう。研究のし甲斐があるな!


バルコニーから外を見ると温室や馬小屋などが見えていた。

温室には後で行ってみよう。


「旦那!!すげーニャ!コレ!あっ!魔法陣の器具まである!!これなら良いもん出来るぞ!!く〜っ!腕がなるニャ!!」


確かに、これならば研究の成果も期待できるかもしれんな。

まあ大半が使い方すら分からんが・・・・


「中の器具は壊さなければ何を使ってもらっても大丈夫です!使い方は私に聞いてくださいね!あと必要な物があったら言って下さい!倉庫にあれば直ぐ持ってきます!あと、ここの紐を引っ張ると私を呼べますので気兼ねなく言ってください!」


今まであまり喋らなかったので驚いたが、ツインテールの元気のいい少女カミラは、八重歯を覗かせた気持ちの良い笑顔で入り口の横の紐を指差していた。

紐一つで来てくれるとは便利だな。

だが携帯電話ほどではないか・・・・・

通信手段の構築も視野に入れようと考えつつ、カミラの手間は纏めた方がいいと思い、部屋に無さそうな物を頭の中で整理し始めた。


「ああ、ありがとう。では・・・・」


俺とルーイはカミラに欲しいものを伝えると、そのままベッドへと潜ったのだった。

元の世界の物までとは言わないが顕微鏡や遠心分離機くらいはあってほしいな・・・・


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


目が覚めると横の大きな窓のから夕陽が差し込んでいた。遮光カーテンを確認した癖に眠さに負けてカーテンを締める前に落ちてしまったようだ・・・・


部屋は沈みかけた夕陽のオレンジ色に染まり、元の世界の大学の研究室を思い出させた。


講義が終わり、研究室に向かう。


俺の楽しいキャンパスライフの大半が、夕陽のオレンジ色に染められた研究室だった。


今日初めて入った部屋なのに、夕陽のせいなのか寝起きだからなのだろうか、何故か心地よい空気だ。


「さて、始めようか。」


起き上がると適当に寝癖を直してルーイを起こさないように静かに書庫へ向った。

公久と明日菜を迎えに行くにあたり、今の俺では戦力外も甚だしい。

イグニス《ヘンリー》の件もある。

先ずは自らの強化が最優先なのは明白だ。


最低でも自分の身を守れる道具を作る。

そのためには未だ乏しいこの世界の知識を詰め込んでおく必要がある。

ハステルとの戦いの後、アリアスに文字を習っておいて良かった。

今では英語で書いてある料理のレシピを読める程度に理解出来ている。


廊下を出て隣の部屋の扉を開けると、俺達の部屋の広さの3倍はあろうかというスペースいっぱいに、ギッシリと詰まった本棚が規則正しく並んでいた。

この中から自分の求める内容の本を探し出すことが少し憂鬱になった。


部屋の奥に歩みを進めると長机が置かれており、本を傷めないためだろうか、申し訳程度の窓から夕陽が差し込み、部屋を赤く染めていた。

長机に人影を感じて視線を向けると、そこには一生懸命書類を書いているアリアスの姿があった。


「お疲れ様。」


「あ!アキラさん!!どうされたのですか?」


「魔道具と魔法、魔素関連の本を探しにな。どこか分るか?」


「それでしたら奥から2番目の棚です!もう研究の準備ですか?」


「ああ。だが、その前の下準備と言ったところかな。」


そう言うと俺は目的の本棚へと向い、本を手に取ると再びアリアスのもとへ向った。


「良さそうな本はありましたか?」


「ありがとう。探すのが億劫になっていたところだ。助かった。」


「良かったです!研究、頑張ってくださいね!私も力になります!」


俺は本棚から本を手に取りながら先程まで忘れていた大切な事を思い出したのだった。

これ以上負担をかけたくはない。

だが謁見でタイミングを逃していたため、どんな顔をして何と言っていいか分からない。

でも言わなければならない。


「アリアスは十分してくれている・・・・・その・・・なんだ・・・・今までありがとう・・・?違うか?あー、加護を解いてくれないか?」


「わ、わかりました・・・・・」


アリアスは少し悲しそうな表情で席を立ち、俺の目の前に回ってきた。


俺は手に持っていた本を机に置くとアリアスに向き直る。

手に汗をかいていたようで持っていた本の表紙が少しふやけていた・・・・


「本当は少し寂しいんです・・・・・」


アリアスはそう言うと手を胸の前で祈るように合わせた。

すると、アリアスの全身から淡い光が溢れ出してきた。


「寂しい?どういうことだ?辛くなかったのか?」


「優しい・・・・ですね」


俺の問にアリアスはニコッと笑って見せた。


光に包まれたその笑顔は、とても綺麗で神々しく、それでいて儚げで・・・・俺は目が離せなくなってしまっていた。


アリアスの透き通るような赤毛が揺れて、放った光が拡散し、雪のような粒となり拡散してゆく。

すると同時に自分の中にあった何かが無くなっていくのが感じ取れた。


「終わりました。」


ふとアリアスの声で現実に引き戻される。

この世界に来てこんな綺麗な魔法を見たのは初めてだった。


「ありがとうアリアス。とても綺麗だった・・・・」


「え?あ!そんな!ありがとうございます!!・・・・・これからは加護じゃない事でお力になりますね!」


「すまん、当分迷惑をかける。だが・・・・・この恩は必ず返す。待っていてくれ。」


「・・・・・・はい!」


アリアスは、はにかむように笑顔を見せると胸の前で手を握っていた。

何か大切なものをしっかり抱くようにして。


夕陽のせいなのかどうかは分からない・・・・

俺にはアリアスの笑顔が赤く染まっていて、いつも以上に輝いているように感じれた。


二人しかいないはずの静かな書庫なのに、俺の心臓の音でとても騒がしい。


見つめ合うこの時間が長く続いてくれれば・・・・・・


「旦那ーーー!あ!やっぱりここにいたのかー!スゲーよ!カミラが魔道具持ってきてくれたぜ!!」


勢い良く扉が開いた音が聞こえ、ルーイが書庫に入ってきたのがわかった。

扉の音に俺達は何故か距離を取っていた。


「あ、ああ、わかった。今行く。・・・・・すまんなアリアス。邪魔をした。また何かあれば聞きに行っていいか?」


「は、はい!お待ちしています!」


顔が火照っているのを感じつつ俺は書庫を出たのだった。

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