第52話「思っての事でも知らないより知っていた方がいいとおもう。」

「よかろう・・・・・お主らも分かってはいるとは思うが、敵は『勇者』じゃ・・・・いや、今は魔人の王とでも言うべきかの・・・・簡単に言えば討伐じゃが、言うは易し。国を潰せと言っているようなものじゃからな。」


エスティナは頬杖を解くと腕を肘置きから、だらりと下げた。

その視線は遠く、見つめるのは虚空だ。


「では策はあるということか?」


「無いわけではないの。じゃが無いようなものじゃ・・・・・シェーバス。」


エスティナが手を上げてシェーバスを呼ぶと、シェーバスは俺達の前に出てきて一礼し、先程まで抱えていなかった辞書ほどの分厚さの本を開き話し始めた。


「ではこの件は私からお話させていただきます。・・・・・・現在、我が国のみならず各国で魔人の被害が多数報告されています。ですが、それは『攻められた』と言うわけでなく、一般人が魔人となり様々な被害を及ぼしている状況です。」


「俺たちも同じ様な状況に出くわしているな・・・・」


「はい、報告は伺っております。総じてこの様な案件で発生した魔人は力が弱い、または非覚醒魔人であると報告が多いようです。恐らく勇者魔人の王は5年前の大戦で数を減らした魔人の補填を行っているのではないかと考えられます。」


5年前の大戦と言えば、アリアスやナタリーが活躍した魔人と各国との大きな戦と聞いていたな。

確か《ワンド》結成の引き金となった戦争か・・・・


「私達ワンドは恥ずかしながら現在、暴走した魔人の鎮圧で手一杯な状況です。」


「さしずめ、その代わりに動けと・・・・だがそれでは雲を掴むようなものだ。」


「はい、仰る通りです。ですが我々ワンドも指をくわえていた訳ではありません。調査の結果、魔人となったものに、事前に接触した人物がいると言うことまでたどり着いております。」


それだ!!そうだ!ダリルの元凶スティング。

奴が魔装の肉を各地でバラまいているのではないのか?

コウもそれに気づいたのだろうか、怒りを無理やり押さえつけているかのように静かに地面を見つめていた。


ん?待てよ・・・・そういえば、スティング、ジズ、ダルの三人組のうちの1人が、もう一人の名前を口にしたような・・・・


「その者の名前は・・・・・」


「スティングか?」


シェーバスは少し驚いて今まで変わらなかった表情を少し変化させた。


「ご存知でしたとは・・・・報告では残り2名、ジズとダルと言う者がいるようです。」


そう言うとシェーバスはアリアスとナタリーを流し目で一瞥し、続けようとした所で俺の横にいたアリアスが「あの・・・・」と声を発したのだった。


「アリアス副隊長、なんでしょう?報告漏れの謝罪は後でお願いします。」


「ち、違います・・・・報告漏れといいますか・・・黙っていたことが一点ありまして・・・・」


「アリアス副隊長、それは大事な事なのですか?」


「・・・・はい、私はそう感じます・・・・」


シェーバスは無言で手に持っていた本を白紙ページまでめくると黒いペンを取り出し、ページの頭にペン先を当てている。

恐らく話せと言うことなのだろう。


「ダリルで・・・・ヘンリーという方と会いまして・・・」


その途端、ナタリーとコウがアリアスに向けて視線を合わせた。

誰だ?そんな奴会ってないぞ。

コウが反応したということは迎えに来る途中の話ではないな。


「い・・・・今なんと言ったのじゃ?」


先程まで沈黙を通していたエスティナが急に立ち上がると青い顔でアリアスに問い直した。


「し、白髪の多い髪の毛で整えた口ひげの壮年の男性です・・・・」


「・・・・アリアス副隊長、彼は何か言っていたのですか?」


「『勇者に異界の戦士以外は取るに足らないと報告する』『邪魔はしないことです。取るに足らない虫けらでも邪魔なら消しますから』と・・・・そしてコウさんには『次で消す』と・・・・」


見るとエスティナは今までの表情とは打って変わり、苦虫を噛み潰したように顔を歪めていた。


バタンとシェーバスの分厚い本の閉じる音が広間に響き渡るとエスティナは頭に手を当てて力が抜けたかのように椅子に腰を降ろした。


「おい、俺には何の事かさっぱりわからん。そのヘンリーという奴はどのタイミングで会ったんだ?それにエスティナはヘンリーの事を知っているようだが?」


「すいません、アキラさん・・・・ダリルの町でアキラさんが薬を作られている際、私達だけでご飯を食べに出かけた時です・・・・」


俺はまたアリアスに頭を下げさせてしまった・・・・


俺の表情を読んだのか、コウが「ごめん、俺が黙っているように言ったんだよ」と頭を下げてきた。


そうか・・・・だからその後にコウは『髪を染めろ』とか言っていたのか・・・・


俺とコウが双子だからこそ、同じ見た目では狙われてしまうと、力の無い俺に気を使ってくれたのだろうが、何も知らなかったのが俺だけと言うのは少し寂しい気持ちになるな・・・・


「わかった、気を使ってくれたんだろ?怒ったりはしていない。ただ少し・・・・いや、なんでもない。それでエスティナとシェーバス、そのヘンリーと言う者を知っているのか?」


そう言ってエスティナとシェーバスに交互に視線を送ると、シェーバスは答えを待つかのように視線をエスティナに向けていた。エスティナは苦虫を噛み潰したような表情のままである。


「それで、どうなんだ?」


俺のせっつきに、諦めたのかエスティナは浅い溜息を吐くとーー


「アリアスの言うた風貌、ヘンリーと言う偽名・・・・勇者魔人の王との関係のある輩となると・・・・恐らく・・・・」


「《風の行末》の1人、《大賢者イグニス》じゃな・・・・」


エスティナの声に、俺とコウ以外の広間の全ての者からの驚愕の混じった声が漏れていた。

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