第41話「平原月下の猪群」
「ブオォォォォォア!!!!」
その場にある全て物が振動するような声が平原に響き渡る。
地面に転がる小石がカタカタと震えていた。
ハルズマンがオークキングと呼んだ生物は群れの中から、頭3つ飛び出すほど大きい。
オークの体長は成人のそれより若干低く、150cmほど。小柄な女性くらいである。
だが周りに群れているのはヒュージオークであり通常のオークよりも名前のごとく体長が大きく、180cm。大柄な成人男性ほどの大きさ。
だが、その群れから飛び出して見える体躯はヒュージオークの倍、およそ3m。対峙した者へ恐怖や不安を与えるのに十分すぎる巨体。
その姿が着弾した火炎魔法の炎が発する揺らめく光に照らされ、その場にいる者たちに体躯を顕にする。
「な・・・・なんだあれは!!!!????」
「大きすぎる・・・・」
「一撃くらったら終わるぞ・・・・」
槍衾を組んでいた正規兵からは、諦めや畏怖の混じった声が漏れていた。
中には武器を手放し、腰が抜けてしまった者もいる。
他の者は僅かに残った理性だけで、逃げずにその場に立っているのがやっとだ。
「ブオォォォォォゴァァア!!!!」
再度響き渡った地鳴りのような声に合わせて、群れていた3分の1ほどのヒュージオークとゴブリンファイターが狂気に満ちた雄叫びをあげ、男達に向けて走り出した。
クアグマイア(泥沼)を軽々と飛び越えフィルとハルズマン率いる前衛に向かって突撃を開始する。
「ハルズマン!!正規兵を下がらせろ!!」
「正規兵は後退!!後衛の護衛に当たれ!!キャリコ!前に出ろ!サポートを頼む!!」
ハルズマンの声に安堵した正規兵は残る者もなく、正に逃げるように下がっていく。
代わりに指名を受けたキャリコが前に出てくると、前衛の後ろ後衛の前に一人飛び出してきた。
「ハルズマン!このキャリコをご指名とはお目が高い!私がサポートすればオークキングなんぞ・・・・・」
「わかったから早く!!!」
ハルズマンはキャリコの言葉を遮ると突進してくる敵に向き直った。
「ハルズマン、あいつはバカなのか?」
「そういえばキャリコとは初めて一緒に戦うのか・・・・あいつは前衛の気持ちを理解してないだけだ。まぁ今に分かるさ!」
フィルは緊張感のないキャリコを無視してハルズマンと同じく武器を構えた。
後方から放たれる火炎魔法やロックバリル(石弾)が突撃してくるオークパーティーに降りかかる。
だが、蹌踉めくものの一体も欠けることがない。
ヒュージオークよりも小さく小回りの効くゴブリンファイターが先行して固まったフィルとハルズマンに目掛け突撃してきた。
その距離あと10mほど。
「猛き力を助長するは我が魔力。盟友に豪腕と鋼の皮膚を。ステイレングス(肉体強化)!!」
キャリコから放たれた光の玉がフィルとハルズマンの体を射抜く。
「そういうことか、《助長のキャリコ》!」
そう言うとフィルの広角が上がった。体の底から漲る力にハルズマンも合わせて口角が上がる。
「ステイレングス(肉体強化)を受ければナタリー姐さんにも勝てるぞ。」
「なっ!!それは卑怯というものだ!」
ハルズマンの言葉にフィルは戸惑いを見せたが、二人の鋭い目線は敵をしっかりと捉えたままである。
「キェェェェェエ!!」
到達したゴブリンファイターの一撃をフィルが受けた。
重なった剣はその場で止まるも陽炎がゴブリンファイターを押し返した。
「ゴブリンファイターは何とかなるか!」
フィルは素早く押し返したゴブリンファイターをリーチに捉えると横薙の一閃。
ゴブリンファイターは陽炎をどうにか受け止めたが、既にフィルの逃げ決めは放たれていた。
陽炎はゴブリンファイターの片腕を焼き落とした。
(いける!)
片腕を失ったゴブリンファイターだが失ったのは左手。その武器を持っていない側からオレンジの光を纏った陽炎が襲いかかり、体を上下に分断され火達磨となって地面を転がった。
「
(やはり馬鹿だ。)
後方から聞こえる戯言を放置し、ハルズマンとフィルがゴブリンファイターを2体、3体と消し炭と肉塊にしていく。
「フィル!来るぞ!」
ハルズマンの目線の先にはヒュージオークが向って来るのが見える。手には大人の肩幅ほどもある刃渡りの斧を持っていた。
「っく!普通よりデカい!2人で1体づつ狙うぞ!」
「このキャリコ!アリアス様まではいかずとも回復はできる!支援は任せられよ!」
180cmほどのハルズマンを有に超えるであろう巨体を揺らしながら4体のヒュージオークが2人に近づいてくる。
後方の魔法部隊の半分がヒュージオーク目掛け魔法を放つも怯む事も蹌踉めくこともない。
「ブゴォォォォ!!」
最初の1体目が走りながら斧を構え、勢いのままに振りかぶった。
「ぐぅっ!!!」
それをハルズマンが大槌で防ぐが表情が歪み、30cmほど押されていた。
ハルズマンが受けると分かっていたフィルは直ぐ様、振りかぶった逆から周り地面を蹴ると、ヒュージオークの頭上から兜割りを放った。
「ブゴァァ!」
フィルの放った渾身の兜割りが当たるかと思われたが、陽炎が止まったのはヒュージオークの腕であった。
瞬時に片腕で陽炎を受け止めていたのである。
「なっ!!?」
ヒュージオークはそのまま腕を振り抜き、陽炎はフィルごと吹っ飛ばされた。
(っく!・・・・普通じゃない!)
フィルは以前、帝国でヒュージオークとの戦闘を何度も経験をしていた。過去に遭遇したヒュージオークの中で大きい部類に入るものでも、陽炎で斬りつけて怯まないものなど存在しなかったのだ。
そして目の前にいる“それ”は、怯むどころかダメージすら受けていないように見える。
振り飛ばされたフィルは地面を転がりながらヒュージオークの異常さを噛み締めて絶念を抱いていた。
だが、既に火蓋は切られている。向こうから奇襲を受けた時点で退くべきだったのではないか。
体制を整えて振り飛ばされた勢いを殺しすと、ヒュージオークと交えているハルズマンに目をやった。
その瞬間、ヒュージオークの2体目がハルズマンに向かって体当たりし、ハルズマンもフィルと同じく吹き飛ばされていた。
フィルは口の中を切って垂れた血を拭い立ち上がるも、既に4体が揃ってしまっていた。
1体ずつ潰す作戦もここで白紙となった。
(不味い・・・・・)
フィルの額から消耗ではない焦りの汗が流れ落ちる。
「くっそぉぉ!!」
横で悪態をつきながらハルズマンが立ち上がった。
「なぁ、フィル・・・・どうする・・・・」
「ど、どうにかなりますよねハルズマン、フィル!?」
群れの方では第二陣が走り出していた。
魔法部隊はそちらに向けて自分の持つ最高攻撃力の魔法を放っている。
フィルとハルズマン、二人とヒュージオークの位置が近すぎ、後方から魔法を放てば二人にもダメージが行ってしまう。その為、魔法部隊も手をこまねいていた。これ以上近づけさせるなと、テオ爺が第二陣への攻撃を指示していた。
「ハルズマン、キャリコ、遠距離魔法は?」
「知ってるだろ、使えるが得意なのはマシヴグロウ(筋力強化)とか肉体強化だ。」
「後ろの者たちがあれだけやってるのに倒れないのですから私がやっても結果が見えてます・・・・」
(クソ!状況を脱する手段がない・・・・考えろ!どうしたらこのまま退ける!?)
焦った頭で考えを巡らせるもヒュージオークは止まらない。
「ブガアァァァ!!」
「ブギァァァァァ!!」
「ブゴァァァァ!!」
「ブゴガァァァァ!!」
1体の叫びが合図となり一斉に走り出した。
だが、群れの方にだ。
「は、ハルズマンさん!!」
「リオ!どうした!!?」
リオが息を切らして走ってきた。本気で走ったのだろう、膝から崩れ落ちた。
顔色が青を越して土色になっている。
「何かがとてつもない速度で向かってきます!!馬車とかの速度じゃありません!!」
「新手か!!?」
「俺達も終わりだな・・・・・・」
フィルが構えていた剣を降ろそうとしたその時。
「・・・・・・え!!!?・・・・馬車・・・・なの?」
リオが謎の疑問を発して立ち上がった。
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