第40話「月明かりと炎の揺らめきは夜に影を見せる」

暗闇の中、月明かりと星空のカーテンが空を覆い、世界は夜の静寂に包まれていた。


ミストラル王国、首都ミッドエルスの西側にある大きな河との間に広がる平原。


普段、昼間は川魚を捕った漁師たちが首都へと魚を売りに来る通り道となっていて人気も多く行き交いが盛んな場所である。


だが夜は打って変わって音の無い静かな空間となる。


そんな平原の真ん中、首都を囲う城壁を背に男達は戦の前の細やかな休息を取っていた。


既に夜明けの作戦の為の配置を終えて、時が来るのをじっと待っていた。


「ハルズマンさん、提示報告です。動き無し。昼のままです。」


「了解!戻ってくれ!」


前方に見える群れには未だ動きはない。

アイシー(望遠眼)が使える魔眼のリオが定期的に行う報告でも、時折見張りのゴブリンが群れの周りを周回するだけで一向に動きがないらしい。


(俺達をここに釘付けにしておくのが目的なら何時までなのだろうか・・・・もし、目的の時間が達成されているのであれば俺達の戦いは徒労に終わる・・・・)


敵に一番近い位置で気づかれないように伏せているウィルは同じく最前列を担当するハルズマンへの報告を聞きながら敵の意図を考えていた。


(ナタリーお嬢様ならどうしていただろうか・・・・魔人でも相手にしない限り、アリアス副隊長とナタリーお嬢様がいれば、切り抜けることが出来ただろう。)


ウィルが徒労に終わる不安をタラレバを頭の中で巡らせて誤魔化していると、布陣の奥に引っ込んだはずのリオが何かを叫びながら戻ってきた。


「来てます!!敵に動きあり!!ハルズマンさん!!!!向ってきます!!!!」


「なにぃ!!!??どういうことだ!?ウィル!行くぞ!全員その場で戦闘準備!!」


「くそっ!!ハルズマン!このまま戦うしかない!作戦通りに!!」


横にいたハルズマンはリオの言葉を聞くなり後ろを振り向き、後衛のテオ爺らに向けて叫ぶと立ち上がり武器を構えた。


登る朝日で視界を奪いながら作戦を決行する手筈だった《ワンド》の面々は突然のオークパーティーの突撃に戸惑いながらも、打ち合わせ通りに攻撃を開始した。


(何故今更動いた?!読まれたのか?!)


ウィルが思考をめぐらしていると、後方からの詠唱光が輝くと同時に、大きな火炎の玉が次々と頭上を通り過ぎた。


「行くぞおおぉぉ!!!」


「「おおおおおおおおぉぉぉ!!!」」


突然の敵の動きに戸惑いながらも、ハルズマンの声で《ワンド》も正規兵たちも戦いの為の思考に切り替える。


ウィルとハルズマンが勢いよく走り出した先では作戦通りクアグマイア(泥沼)で足止めされたオークパーティーはフレイ(火炎)やフレスフィア(火球)で焼かれ火達磨になり、数を減らしていた。


だが暗闇の中、リオの魔法であるナイタイト(暗視)での指示だけでの火炎魔法は男達の思った通りの成果は上がっていない。


だが代わりに炎の発する光で前方が照らされ、敵の位置の把握がしやすくなっていたのは幸いであった。


火炎魔法に照らされ目視できるようになった群れは、左右にクアグマイア(泥沼)を放たれ正面に進む他なくなっていた。


作戦通りに進んだ先に深めのクアグマイア(泥沼)を設置すると突撃してきた第一陣の半数が足を取られていた。


オークパーティーの怒り狂う叫びが平原へ響き、クアグマイア(泥沼)を抜けてきた第一陣との戦闘が始まった。


「今だ!槍衾を組めーーー!!!」


正面で正規兵に組ませた槍衾を避けて抜けてきたオークパーティーがウィルとハルズマンの待つ左右に別れて突っ込んで来ていた。


「ウィル!行ったぞ!!」


ウィルはハルズマンの親切を無言で返すと、錆びた剣を振り回し走ってくるゴブリンの剣を受け流し、横に避けて、その場で後ろ回転切りを放つ。


その刹那、体を真っ二つにされたゴブリンは血を撒き散らすことなく切られた勢いのまま地面を転がった。


「流石だな!陽炎のウィル!今度その剣貸してくれよ!」


「嫌だね!」


この剣こそがウィルの全て。

帝国での給金を貯めに貯めてつぎ込んだ、長年の構想の結晶。


帝都で有名な研ぎ師に士官のコネを使い大金を掴ませて研がせ、腕のいい魔道具屋に考え抜いた魔法陣を納得いくまで刻ませたウィルの魂そのものだった。


ミスリルの刀身、強度上昇、切れ味維持、刀身に炎を纏わせ温度をあげる火炎魔法陣、風魔法により炎の状態を管理・・・・・


これによりウィルの剣は帝都でも類を見ない魔道剣となっていた。名を『陽炎』。

切り口は炎で焼かれ、回復魔法を効きにくくし、剣が届かぬ間合いでも火炎が相手を襲う。


ウィルが大切な人の側に居ることのできる《ワンド》に入れたのも、この《陽炎》と帝国で必死に強くなろうと足掻いたお陰だ。


2体目、3体目とオークやゴブリンを『陽炎』で切り伏せていく。

そこに鮮血はない。

切られて尚、燃える屍が辺りに散らばり異臭を放ち始めた。

それも彼には慣れたものだ。


「戦場で揺らめく陽炎を見たら退け・・・・・か。流石だウィル!だが俺も負けんぞーー!!」


山賊のような見るからに脳筋なハルズマンが、自分の身長と同じくらいの大槌を振り回す度にゴブリンやオークが空中に舞っている。


「あの訳の分からない重さの武器で、よく戦えるな・・・・」


ウィルは身体強化魔法を得意とするハルズマンならではの戦いに呆れながら、1体、また1体と焦がし切っていく。


7体ほど切り伏せたとこで額に汗が滲んできた。

《陽炎》の魔力消費がジワジワと疲労を積み上げ始めていたのだ。


9体ほど焦がしたところでウィルは違和感を感じ始めていた。第一陣はほぼ残っていない。


(ヒュージオークとゴブリンファイターが来ない!?)


攻撃速度が遅いせいかハルズマンは囲まれながらも大槌を振り回して1体1体確実に仕留めていた。


「ハルズマン!何体殺った!?」


「・・・・しゃ!!!7体目えぇ!」


ゴブリンとも分からないほど顔を潰された屍がハルズマンの声と共に吹っ飛んでいく。

まだ3体ほどがハルズマンの周りを奇声をあげながら取り囲んでいた。


「ゴブリンファイターやヒュージオークと戦ったか!?」


「いや!来てねぇぞ!!」


ウィルはハルズマンに余裕が無いと判断し、目の前に残っているオークを火達磨にすると群れの方に目をやった。


「話しが違うじゃないか・・・・・・」


残る群れ30体。

リオの報告ではヒュージオーク3体、ゴブリンファイター9体だった筈の群れは、見て取れる限り全てヒュージオークとゴブリンファイターであった。


そして群れの中心に一際大きな影が地響きにも似た叫び声をあげ地面を揺らしていた。

その場にいた者たちの全てが皮膚や服から伝わる振動に声を失っていた。


「・・・・・オークキングだと・・・・・」


誰にも聞こえないような小さな声がハルズマンの口から漏れていた。

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