第2話「転移なんて理論的じゃない」

「っよ!兄ちゃん!明日菜は朝ぶり!ってか公久〜!練習来いよ〜」


「ああ、相変わらずだな。」


剣道の胴着のまま、酷く山盛りの天丼をお盆に乗せて笑ってる。

髪が汗でしっとり濡れ、チョロんと前髪の降りているのが、どこぞのイケメンキャラの様になっている。

室内競技のため日焼けもあまりせず、白い首筋から汗が流れていた。

同じ顔なのに何でこんなに爽やかなのか・・・

毎日、白シャツに紺のチノパンの俺とは雲泥の女子ウケなんだろうな。


まぁこの歳で汗をかくなんてまっぴらゴメンだがな。


いつもながらコウの後ろでこちらを見てる女子たちの目線が怖い・・・

あれで普通に練習できているこいつの神経の図太さには感服するよ。


「土曜は休日!俺は休日出勤しないタイプなの!それに俺はこれからデートなんだ〜!」


デートか・・・・

俺には縁がない話だな。

爆ぜろとは思わないが、ガムくらいは踏んでほしい。


「あー来ないで来ないで。今コウ君が近づくと色んな意味で面倒くさい。」


後ろの女子たちの嫉妬の目が明日菜に向いているのが、ひしひしと伝わってくる。

そりゃ面倒だな。


実は二人と友達になったのもコウを通じてだ。アスナの初見は実家(道場)だが、コウから筋の良い子がいると紹介された。

キミヒサとは高校一年の最初のクラスだ。先にコウと友達になって絡むようになった。だから公久は未だに俺を苗字で呼ぶ。


「いつもながらだが、揚げ物をそんなに食べて胃もたれとかしないのか?」


「兄ちゃん、今日こそ道場実家に顔だしてよ〜」


無視!無視かよ!


「断固として拒否する!」


「ちょ!当分顔出してないじゃん!アオイが寂しがってるよ〜大学からも近いんだからさ〜家のこと手伝ってくれてもいいじゃんか〜」


「行ってあげたら?葵ちゃん会いたがってたわよ」


ここで妹を持ち出すとは卑怯な!妹は可愛い。だが家が大学から近いのに、わざわざ一人暮らしを始めたのにも理由がある。

実家ではコウと同じ部屋だった。それだけでも面倒なのに、なんせ開発中のものや完成品が母親とコウの行動で毎日、何かしら壊れる。


そして何より俺は中学で武道をやめたのだ。俺には才能がない。道場の長男なのに、次男より劣る。だからやめる事にした。

いや逃げたと言う方が正しいか・・・・

だがいい事もあった。武道をやめた分、勉強ができた。

だから勉強では弟に負けない。いや、負けれない。

スポーツ推薦で入った弟とは別で、国内でも指折りの難関である明徳大学の自然科学学科を実力で勝ち取ったんだ。

武道に費やす時間はない。


そして何より、あの家で武道をやらない俺に居場所はない。


「いやだ!なんせ汗をかきたくない!そもそも、この後・・・・・」


ゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・


『!?』


地面が揺れている。手元のコーヒーが波打った。なかなかの揺れだがそこまで強い地震じゃない。だが食堂の雑音は静寂し、か弱い?女子たちの悲鳴がちらほら聞こえてくる。


「余震か?なら本震が来るかもしれん。念のため出る準備だ。」


俺が促し座っていた俺を含めた3人が立ち上がった瞬間。


ドゴォォォッォォォ!!


起きたのは揺れではなく衝撃。

視界の開けたガラス張りの食堂から見えるのは校舎の方からの土煙だ。


「なんだぁ!?」「何よこれ?」


キミヒサとアスナが青い顔で薄れゆく土煙を見ていた。

俺もこれは何が起きたのか解らない。

消えゆく土煙の向こうには肌色・・・いや、ピンク色と言っていいだろう5メートルくらいの人影が倒れていく様。


何だ?どこぞの研究室の実験失敗か?にしてもあんなデカイもん隠せないだろ?

理解しがたい状況に静寂が流れていた。


「兄ちゃん!誰かが怪我してるかも!行こう!」


勢いよく置いた天丼のエビが跳ねるのを横目に、急に腕を掴まれ引っ張られ・・・

いや、引きずられながら食堂を出た。


「待ちなさいよ!」


「俺も行く!」


いや、みんな逃げたり叫んだりしないの?

他の生徒はみんなガラスの向こうの不思議な物体を見ても逃げることはせず、笑ったり無視して食事を再開したり学食から出たりなど反応は様々だ。


ってかおい!!!「行こう」じゃねーだろ!!それに二人ともついてくるとか危険とか思わないの?見たでしょ?あれロボットじゃないぞ!明らかに挙動が滑らかだ!そしてあの巨体!


うん、興味あるなぁ・・・


土煙の場所までの道中(半ば引きずられながら)に確認してみたが、土曜日のせいかそこまで人は多くなかった。

この様子なら怪我人も少なくて済むだろう。

どうせロボ研の奴らが調子に乗っただけに違いない。

アイツらは悪乗りがすぎるからな。


「兄ちゃん、これ・・・・何?」


だが着くと、そこには異様な光景が広がっていた。

コウだけでなく、俺もその光景に戸惑いが隠せなかった。


体長5メートル前後で泥で汚れたピンク色の肌。頭から肩にかけて緑色の太い毛が生えている人型の生物。顔はヒヒに近いが頭に角が左右に2本。腰には溝から引き上げて乾かしたような汚い布が巻かれている。


そんな物体・・・いや生物か?が仰向けに倒れていた。

夥しい量の紫色のドロドロした液体が首の傷から流れている。アンモニア臭と言うか獣臭と言うか、とにかく臭いも酷い。

所どころ深い傷はあるものの、この首の傷が致命傷だろう。


少し遅れてきた明日菜がこの光景に嗚咽をあげている。

公久も口に手を当てこらえている。

これだけのことが起きているのに、なぜか野次馬がいないのも不思議だ。


「わからない。だが生物なのか?ロボットではないな・・・」


「兄ちゃんが解んないなら・・・・なんなんだろうねコレ?」


「キミヒサ・・・は脳筋だから分かるわけないか。アスナ、何かしらわかるか?」


「おい!決めつけるなよ!まぁ解らんが・・・だが一つだけ言えることがある!」


「なんだ?」


「このピンク巨人は死んでいる。」


「見たことないわね・・・遺伝子組み換え?とか・・・つついてみる?」


「ハハハハハ!無視だな!今無視したな!よし、ここらで決着といこうじゃないか!」


アスナがキミヒサを無視してピンク巨人に近付こうとした途端。


「グォォォォォ!!!!!!!」


鼓膜から内臓から全てを振動させるのではないかと言うような声をあげて動き出した。

やばい!やばいぞ!クソキミヒサ!死んでないじゃないか!!早く逃げないと!!

生物としての警笛が体中を支配した。

キミヒサとアスナはその場で尻餅をつき、動けなくなっていた。

俺も同じく足が震えて動けない。

逃げないとダメなのはわかるんだが、距離が近すぎてピンク巨人の叫びの威圧に耐えれない。


「兄ちゃん!公久!明日菜!逃げよう!!早く!!」


コウの声に我に帰るが、状況は待ってはくれない。

既にピンク巨人がふらつきながら立ち上がり、こちらを上から見下ろしていた。


「くそ!兄ちゃん!早くキミヒサとアスナを連れてって!!!」


コウが俺たちとピンク巨人の間に立ち、手で早く行けと合図を送っている。

だが俺と同じく、コウも足が震えてる。

確かに運動神経がよく、武術的にもコウならなんとか逃げれるかもしれない。

二人して親父に山に放り出されて熊と対峙した事もある。

でも、目の前にいる「そいつ」はそんなものとは比べ物にならない。

兵器を持たない人間には勝てない相手だ。


「早く!!」


『みーつけた。』


コウが叫んだ瞬間、自分の声のように頭の中に誰か別の人の声・・・・少女のような女性の声が響いた。


「っな!!」


反応したのは俺だけ。

アスナとキミヒサはまだ尻餅をついたままだ。


「グォォォアァァァ!!!!!」


ピンク巨人の右腕が上がり俺たちに降りおろされた。


ああ・・・・ゆっくりに見えるな。なんでだ?凄く落ち着いている。

コウが逃げろと叫んでるのがわかる・・・・


いや、もう遅いだろ・・・・

ゆっくり俺は目を閉じる。実際にはすぐに閉じたのだろうが、体感が遅い。

最後の瞬間を見たくない。その思いで必死に瞼に力を込めた。


あー、こんなことなら無視して資料読んでりゃよかった・・・

まだ家のバリスタくん3号完成してないしな・・・


まだ自分の進む道すら決めてないのにな・・・・



なんだ?衝撃が来ないぞ?体も軽い・・・何か空気も変わったような・・・・・


「兄ちゃん!?なにこれ!!!!?」


またナニコレだよ。小さい頃からずっとこれだよなぁ。その割に俺の話を聞いてないからなぁ・・・・

答えるの面倒くさかったんだよなぁ・・・・


「兄ちゃん!!!」


「聞くなら理解しろよなぁ。走馬灯までそれかよ・・・・」


「・・・・・・アキラ!!!!」


普段の呼ばれ慣れてない呼び方で叫ばれて我に返ると、瞼に込めていた力をゆっくりと抜いていった。


目を開けるとなぜか森の中。鼻孔に森独特の土の匂いが充満している。

辺りを見渡せば近くにあったはずの校舎も、ピンクの巨人もいない。


目の前には見たことない雑草や木々が生い茂っているだけ・・・

むせ返るような土と緑の臭い。

そこに俺と同じ顔の弟だけ。


え?ナニコレ??


「やっと起きた!!兄ちゃん、これどうゆうことなんだろ〜ね?」


「こっちが聞きたいよ!!ピンク巨人は!?キミヒサとアスナは!?」


「俺も気がついたらここで・・・そんで、森でした。」


わけがわからん!!これ明らかに大学じゃないぞ!?

周りの木の密集度的にも大学にこんな所はない!


「兄ちゃん、あと・・・・何あれ?」


コウが顔を引くつかせながら俺の頭の後ろを指差すので、ゆっくり振り返る・・・・・・


「何ダァァァァァァァ!!!!!」


そこにいたのは蛇のような皮膚の犬・・・・大きさ的に狼かな?

すごい涎垂らしてこっち見てるんですけど・・・・・

生物学的にありえなくないか?


「うん、多分地獄だな!」


思考回路が壊れました。

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