第三場面-珈琲は糞苦い







俺は、喉を切り裂かれていた。


誰が俺の喉を裂いたのかと、背後を振り向いた。そこには、セーラー服を纏った少女が、可愛らしい上目遣いで俺を見ている。右手にはカッター、左手にはシャーペン。


少女は恥ずかしそうに、俺の右目をシャーペンで突き刺した。シャーペンは眼球を貫いて俺の右目は視力を失った。


待ってくれ!と言おうとした口は、何か柔らかいモノに蓋をされた。


濃く甘い風味がする。


まるで、初恋を思わせるかのようなその風味が消えかかっていたその瞬間、俺の顳顬に硬いものが突き刺さり俺の全ては止まった。











保健室とは、体調が優れない奴とか怪我をした奴、その他もろもろな奴が転がり込む天国だ。


正直なところ、ただの寝るところだ。


「サボり屋共が来る部屋にいる教師なんだからダラけた教師が保健室の先生でもいいはずだ」という考えのもと保健室の先生になった俺の名は、色々 黒鉄(しきしょく くろがね)ピチピチの27歳、彼女募集中だ。


今日は俺の勤める学校、帝立日照高校の始業式らしい。校長先生の張り切った声が体育館からここまで聞こえてくる。


校庭は、異常なまでに植えられた桜木によって地面が薄桃色に変色している。まるで、大きく鮮やかな絨毯のようだ。


風が桜木を撫でるたびに、花びらが景色を埋め尽くす。なかなか悪くない。


カップヌードルでも食べようと、家から持参した「黄緑の鼬」の透明な包みを剥がしお湯を注いだ。黄緑の鼬は、出来上がるまで5分かかる系ラーメンだ。


ゆっくりと時間が過ぎるのを待とうと蓋を閉じた瞬間、誰かが保健室のドアを叩いた。


入ってきたのは眼鏡が可愛らしい新人の先生、実木 無花果(みのりぎ いちじく)だった。


かわいい。


これは絶好のチャンスだ。


きっと先生は始業式の緊張のあまり保健室に来たに違いない。そして、その健康的な肌と男共を惑わせるイケナイ身体で俺を翻弄してくるのだろう。望むところだ。精魂尽きるまで付き合って差し上げようじゃぁないか!


「すみません色々先生、校長がこの子を預かっていて欲しいとの事で連れてまいりました。なんでも、性癖がどうとか…。」


俺の淡い妄想は萎んで消えた。


なるべく優しい笑顔を意識して、取り繕って、俺は口を開いた。


「あぁー、校長がそんなことを言っていたような気がするような気がします。」


適当に話を合わせておいた。そうすればなんとなく無花果先生と仲良くなれる気がした。そんな気がしたような気がした。それにしても、性癖がどうとか?


「そうなのですね、それなら話が早いですわ。よろしくお願いします。」


さぁ入って、と促されて保健室に入ってきたのは、1人の女子生徒だった。黒髪、ポニーテール、前髪パッツン、この三拍子が揃ってしまえば清楚系女子の典型的なタイプだ。


気を付けて接しないと、セクシャルハラスメントなどという有るようで無い罪に問われかけない。


「あとはお願いしますね、色々先生。」


バタンとドアを閉め、無花果先生は始業式に戻ってしまった。


なんだかこの室内に、気まずい雰囲気が漂っていることを感じた俺は、自己紹介した。


「入学おめでとう。俺はこの保健室の先生、色々 黒鉄だ。くろちゃんで構わない。」


くろちゃんですっ!と、俺の渾身のネタをぶつけてみたが音沙汰なし。


「保健室の先生は女性がやるものだと思っていました。男性の方もできるのですね。」


俺が自己紹介しているのに返してこないところを見ると、どうやらこの子は警戒心が強いらしい。まぁ当然か。今日は始業式なのだ。友達がいないということもあり、緊張しているのだろう。


「おいおい、いきなり男女差別かい?よくないな。ここは共学の学校だよ。そういう考えは捨てたほうがいい。セーラー服を纏った男子だっているだろうからさ。」


じっとこちらを睨んでいる。なんだい、最近の女子高生はこんな感じなのかい。なんだか俺がスベっているみたいじゃないか。


若者に人気な俺としては、なんだか癪にさわる。


「まぁいいさ。別にすることもないだろうから、適当に遊んでな。」


俺は時計を確認した。


俺は、大好きなカップラーメンの調理時間を片時も忘れはしない。あと1分半というところだう。世の中に麺は硬だなどとぬかしやがる奴がごろごろいる。


考えて欲しい。硬めが一番美味しいのなら何故、調理時間をもっと早い時間に設定しないのだろうか。答えは簡単である。硬めより普通の方が美味しいからだ。当然だろう。硬くもなく、柔らかすぎることもない。完璧な麺をスープに絡めて食す。これぞカップラーメンの極意だ。


あの子は緊張しているせいかソワソワしながら辺りを見回している。


まあいい。今は俺の面白さを分からずとも、いずれわかる時がくるさ。


時は満ちた。


完成したカップラーメンのフタに手をかける。


すると、誰かが耳元で囁いた。




「ごめんなさい、好きです。」



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