第26話 商人の娘

「ユーリさん……?」

「はい」


 ゆっくりと体を起こした彼女は、あたしの方を見るとにっこりと微笑んだ。いつもの笑顔だ。


「あの……なんで髪と目の色、変わってるの」

「あら……」


 ユーリ嬢はおっとりした口調のまま、自分の髪の毛を手で掬い取って確認すると柳眉をひそめた。


「困りましたわね……キリクはどこにいます?」

「それが見当たらなくて。……黒いローブの男がさっきまでそこにいました。今ユーリが追ってます」


 指さした椅子を見て、ユーリ嬢は首をかしげる。


「ええと……色変えの魔法、ですよね」

「ええ、はい。この姿だと目立つからと、キリクが」


 ああ、それはとてもよくわかる。今はドレス姿だからなおさらだけど、普段でさえあふれんばかりの笑顔が、金髪になった途端三割増しに輝いて見える。どこのお姫様だと言われてもおかしくない。

 商人の娘風に衣装を変えたところで隠せる輝きではない。


「確かにね。魔法をかけたのはキリク?」

「ええ。彼はなかなか優秀なんですって」


 なるほど。これを先に聞いておくべきだった。

 となると、今までの眠りの魔法もかかったふりをされていたのかもしれない。あたしが設置した結界の罠も、キリクは結界をすり抜けられると思って接触したのかもしれない。

 じゃあ、今現在ユーリ嬢を囲んでいる結界もキリクのものだろうか。

 もしそうなら、あたしが結界に入れた理由もわかるんだけど。

 呪文を唱えてあたしの結界に防音効果を付与すると、あたしはユーリ嬢に向き直った。


「……あのさ、ユーリちゃん」

「はい」

「キリクって、何者? ユーリちゃんも。……商人の娘って話、嘘でしょう」


 そうだ。


 ――いつからあたしたちは二人を商人だと思ってた?


 あたしは、二人から直接商人だと聞いた覚えがない。それっぽいことはほのめかしてたように思うけど、ちゃんと確かめたことはない。

 二人が商人だと思っていたのは、ギルドの依頼書に商人の護衛だと書いてあったからだ。

 でも、商人の護衛程度にしては、ギルドの二人に対する扱いは丁寧だった。ルガルの二人に対する物腰だって、今考えてみれば違和感があった。


「はい」


 にっこり微笑む彼女を見て、あたしは眉をひそめた。

 やっぱり商人じゃないんだ。

 だとしたら、殺し屋に命を狙われる男女って何者? しかも一度に六人とか、普通の人じゃありえない気がする。

 それにしても、なんでこの人は聞かれたことに素直に答えてるんだろう。まずいんじゃないの?


「あの、ユーリちゃん。……それ、あたしに言ってよかったの? キリクに怒られたりしない?」

「いえ、姿変えの魔法が切れた場合は、自分の判断で行動するように言われていますから」


 つまり現状は由々しき状態にあるっていうことじゃないのか。

 色変えの魔法は互いの距離が離れすぎると解消される。どれぐらい離れたら無効になるんだったかは覚えてないけど、キリクは魔法が届く距離にいない、ということだ。


「じゃあ、これからどうする?」

「え……」

「キリクは近くにいない。探すにしても、時間はかかる。……目的地に行くか、キリクを探すか」


 あたしとユーリは二人がアクリファスに向かう目的を知らない。二人が婚約者を伴った状態でアクリファスに到着することが仕事の内容だけど、本当はどうなの?

 キリクがいなくてもとにかくユーリ嬢を無事届ければいいのか、キリクもいないとだめなのか。

 なにより、姿変えの魔法が切れた場合ということは、ユーリ嬢とキリクがはぐれた場合のことを想定していて、まさに今その状態なわけで。

 ユーリ嬢はしばらくあたしの顔を見つめていたが、やがてゆっくり口を開いた。


「キリクが一緒でないと……わたし一人では」


 その顔が悲痛としか言いようがなくて、あたしもつられて眉根を寄せる。

 うん、だめだよね。わかってた。

 でも、どうやって探す?

 あの黒ローブがキリクにつながる唯一の道なんだけど、ユーリはうまくやれただろうか。


「もう一つ答えて」

「はい」

「二人が狙われる理由。……最初の依頼の時もそうだった。命を狙われるほどの理由があるんだよね?」

「……それは教えられません」

「それじゃあ、『リュカの瞳』って、何?」


 ユーリ嬢が目を見張った。

 あー、やっぱりだ。あの時の変な老人の言葉が何なのかわからなかったけど、二人に関係のあることなんだ。


「誰が、それを言ったのですか」


 ユーリ嬢の声が震えている。それは絶望にも近い声で。


「この間襲われた老人からよ。逃げてる理由はそれね?」

「……お答えできません」


 動揺を押し隠して答えた彼女の声が答えだった。あたしは何度か頷くと「わかった」と声にする。

 結界を叩く気配に顔を上げると、外側の結界をユーリが叩いていた。ユーリを通さずあたしだけを通すように細工されているんだ。なんでだろう。

 ジェスチャーで待てを指示して防音の結界を解除する。


「ごめん、ちょっと内緒話してて」


 ユーリ嬢を立たせて結界をすり抜けようとすると、ユーリ嬢の手は結界ではじかれてしまった。


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