第27話 大切なもの
「えっ」
「どうして……?」
あたしの張った結界を解除して中に入り、もう一度試す。だがやはり彼女の手はすり抜けられない。
ユーリも入ろうとしてみたけど入れない。
ユーリ嬢だけを外に出さない、でもあたしは通り抜けられる結界。……これは檻だ。
あたしは一度外に出ると、檻になってる結界をじっと見つめた。
「おい、どういうことだ。これは」
「落ち着いて、ユーリ。それよりあの男は?」
「……あと一歩のところで魔法で逃げられた。すまん」
「ううん、仕方ない。……ねえ、あれってキリクじゃないよね……?」
「顔も見えなかったし、体つきもわからなかったから何とも言えない」
「そっか」
これで手掛かりは途絶えてしまった。しかも彼女をここから動かせないとなると、本当に手詰まりだ。
どうしよう。
動揺を見せないように必死で頭を働かせる。
「それにしても、なんでドレスなんだ?」
ユーリの言葉が耳に入ってくる。
そうなんだよね。旅の途中だから比較的軽装をしてたはずで、ユーリ嬢も動きやすい服装になってた。のに、どこからどう見ても夜会か何かに行く途中の恰好。
デコルテ広く開けてあるし、たぶん後ろ向いて髪の毛のけたら背中もばーんと開いてるに違いない。
まさかとは思うけど、あの黒ローブ野郎が着替えさせたのか?
「ユーリ」
「ん?」
「ここに着いたときの彼女ってこんな格好してた?」
「いや。……お前に言われて部屋に戻ったときはいつもの軽装だったぞ」
「軽装って、チュニックとベスト、スカート?」
「そんな感じだったと思う」
じゃあ、あたしがぶっ倒れて、隣の部屋でユーリに介抱してもらってる間に何かがあったってことだね。
「あたしが寝てる間、なんか物音とかしなかったの?」
「特には」
魔法を使える人間がからんでるんだから、防音ぐらいかけるか。それに、もしかしたらユーリの存在も知られてて、魔法かけられていたのかもしれない。
いくらあたしがぶっ倒れてるからって、警護対象者を一度も見に行こうとしないって、ないと思うし。
やっぱりもう一人、魔法使いを入れとくべきだったんだよ。あたしでは力不足なんだから。
「ずっとあたしのそばにいたの?」
「ああ。……何か問題あったか?」
「あのねえ……警護対象者を一晩完全にほっとくとか、あり得ないでしょ?」
「何言って」
「だって、結界は途切れてて、あたしはぶっ倒れてたんでしょう? 侵入され放題じゃないのよっ」
「それどころじゃなかったんだぞ!」
ユーリが声を荒げるなんて珍しい。思わず目を見張ると、ユーリは眉根を寄せてあたしをにらみつけてきた。
「君がどういう状態だったのかわかってないんだ! 魔力が尽きて体力まで魔力に変換されて、あのままだったら死んでいたんだぞ!」
「それはっ……」
怒ってるのはわかるけど、覚えてないことで責められても困る。眉根を寄せて黙り込むしかないじゃないか。
でも、仕事中、なんだよ? 仲間の状態を見極めた上で、最善策を取るべきじゃないの。
あたしの安全が確保できたなら、二人を気にするべきだったわけで。
「……ユーリらしくない」
ううん、言うべき言葉はこれじゃない。あたしがぶっ倒れなきゃよかっただけだ。でも、言葉が見つからなくて、それだけ口にして目をそらす。
「俺らしいって何だよ」
唸るような低い声が聞こえた。
「仲間が死にそうでも見捨てて仕事に専念するのが俺らしいってことなのか」
「違う。……ユーリ。あたしたちはプロなんだよ?」
「だから何だよ」
「……報酬をもらう以上、仕事は絶対だよ」
どがん、とものすごい音がした。
顔を上げると、ユーリは目の前にある結界を蹴飛ばしたらしく、床のほこりがぶわっと舞い上がった。
「ちょっとっ、大丈夫?」
通れない結界は石壁のようなもの。力任せに蹴ったのだとしたら、ユーリの足の方が心配だ。
慌てて駆け寄ると、ユーリは床をにらみつけたまま立っていた。
こういう時のユーリは絶対痛いと言わない。
足元に膝をつくと足に手を当てて呪文を口にする。折れるところまではいってないみたいだけど、かなり痛かったはずだ。
そのまま全身に回復魔法を当てて立ち上がると、ユーリはじっとあたしを見ていた。
「もう痛くはない?」
そう声をかけてみたものの、何も言ってくれない。
なんだか居心地が悪くて視線を逸らすと、深いため息が聞こえた。
「……君にとってはその程度なんだな」
その程度って何? と顔を上げた時にはユーリは踵を返して部屋を出て行った後だった。
どういうことよ。
なんでそこで怒るの。
その程度ってどの程度って意味?
ユーリの言葉がわからない。でも怒ってるのは確かで、すごく嫌な気分だ。
あたしのせいなの?
「クランさん」
静かな声に振り返ると、ユーリ嬢はすごく悲しそうな顔であたしを見ていた。
「はい?」
「クランさんはあの方……ユーリさんのこと、お嫌いなんですか?」
「は?」
ちょっと待て。なんでそんな話になってるの?
「あの、意味がよくわからないんですけど……」
「わたしも眠っていたので何があったのかは存じ上げないんですけれど……今のお話から、クランさんがとても危険な状態になっていて、彼がずっと看病されていたってことですよね?」
「えっと、たぶん」
「なのに、仕事を優先するべきだったってクランさんは言った」
「はい」
「それは、いけないことでしょうか」
いけないことも何も、安全が確立されてない状態で気を抜くのは一番まずいわけで、ユーリだって知ってるはずで。
「ユーリだってわかってるはずです。……だって、そのせいでキリクはいなくなって、ユーリさんはこの檻から出られなくて」
「それは……キリクがわたしを守るだろうと思っていたからではないでしょうか」
でもあたしは首を横に振る。
「キリクの力量についてユーリが知ってたとは思えないもの。……そんな見切り発車、あたしたちには許されない」
これが続くようなら、仕事のパートナーとしては失格だ。
冒険者(あたしたち)は信頼第一だ。パートナーを慮って仕事をおろそかにする冒険者なんて、雇ってくれる酔狂はいない。
パーティを解散して五年。よくもったものだ。
潮時だろう。
「でも……彼の思いもわかってあげてください」
思い?
視線を上げると、彼女は困ったように微笑みを浮かべた。
「あのね……あなたたちと一緒に旅するようになって、わたしは彼と、あなたはキリクと一緒に歩くようになったでしょう?」
「ええ」
婚約者に見えるように、ちゃんと腕も絡めて囁きあうようにして歩いてた。
ユーリはめったに表情を変えないけれど、それでも多少柔らかい雰囲気になってたのは確かで。
「彼、ずっとあなたの話をしてくれていたの」
「……え?」
「あなたとの馴れ初めから、以前組んでいたパーティの話、解散してからの話。ずっと……クラン・クランという冒険者がどういう人なのか。どんなにおっちょこちょいで、どんなに思い込みが激しくって、放っておくと危なっかしい人なのか」
な、なにをしゃべってくれてんのよっ、ユーリの奴っ!
というか、そういう風に見てたわけ? 付き合いは確かに長いけど、そんな話されてるなんて微塵も思わなかったわよっ。
「どれだけうれしそうな顔をして話すか、見せてあげたかったくらい。……わたしにもこんな幼馴染がいればよかったとどれほど思ったと思う?」
「あたしとユーリはそんな関係じゃ……」
「普通ね」
あたしの言葉をさえぎってユーリ嬢は言葉をつづけた。
「そんなに昔のこと、覚えてないものよ。よっぽどよく見ていたのね」
いや、だからなんでこんな話をしてるの……。そんな状態じゃないの。
「ユーリさん、今はそんな話してる場合じゃないの。キリクもいない状態でここに釘付けで、あの黒いローブの男がいつ戻ってくるのかわからないのに、のんきにそんな話……」
「大丈夫です」
やっぱりあたしの言葉をぶった切って、ユーリ嬢はにこやかに微笑んだ。
「キリクは応援を呼びに行ったみたいですから」
「え?」
なんでそんなこと知ってるの?
目を丸くしたあたしに、ユーリ嬢は天井を指さした。指の方向にゆっくり顔を上げて、天井に書かれた文字に気が付いたあたしは思わず声を上げそうになった。
そこには『迎えに行くまで待ってて』とだけ書かれていた。
「どういうこと……?」
「この文字、キリクのものだと思います」
「じゃあ、さっき会ったキリクは? やっぱり偽物?」
「わかりません。でも、ここから動かなければ、いずれ迎えが来ますから。まさか檻になってるとは思いませんでしたけど……」
「……それ、信じていいの?」
どこからどう突っ込んでいいのかわからなくてつぶやくと、ユーリ嬢はにっこり微笑んだ。
「はい、キリクですから」
キリクについてはよほど信頼が厚いらしい。あたしはため息をつくと、そばにあった椅子に腰を下ろした。
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