2033年8月21日午前7時00分

 青野祐一と坂巻龍之介の寝袋の横で、腕時計が激しく振動してけたたましい音を立てる。気だるそうにその音を止めようと手を伸ばす二人。坂巻はそのまま床に突っ伏したが、青野は

「うりゃ」

 と、手で体を座った態勢に持っていく。そのまま坂巻の方を向いて、揺すった。彼らの番組の編集は、結局、深夜の3時まで続いた。しかし、放送直前でないとできない作業というものがあるのだ。二人はフラフラとゆっくり立ち上がる。

 そんな二人の目覚まし時計で起きた人は他にもいた。ニュース番組「ご当地にならないで」の担当者、平野裕也と森島麻衣である。森島麻衣は二度寝しようと思ったが、平野裕也が起き上がったので起きる。昨日は結局、マニュアルに沿ったバージョンの原稿と、これまでの予定通りのバージョンの原稿を、夜の10時頃まで作っていた。帰宅しなくていいので、睡眠時間にはそれでも影響がなかったはずだが、一旦寝袋に入ったものの、ふたりとも寝付けなかった。平野裕也は、どちらのバージョンを放映するか悩んでいたし、震災の経緯も心配だった。特に伊方原発の行方が心配だった。心のなかがざわざわする。森島麻衣は、どちらの内容を流すかを決めるのは、最終的には、震災の経験がある平野裕也だと思っていたが、本音では予定通りに放映したいと思っていた。そして、平野裕也が心配だった。今回の震災を、平野くんはどんなふうに思っているのだろう。精神的に、かなり大変なのではないだろうか。だが、その思いを口に出すのはためらわれる。森島麻衣は地震災害に遭ったことはないのだ。

 平野裕也は、立ったままパソコンの電源を入れ、椅子に腰掛けずに何度か画面をタップした。震災以降何度めかの、テレビのインターネット配信を見る。そして平野裕也は――膝から崩れ落ちた。そのまま静かに泣いている。森島麻衣は、その画面を覗き込む。伊方原発が爆発していた。森島麻衣は立ち尽くす。ふたりとも頭が真っ白だった。最初に頭に色が戻ってきたのは森島麻衣だったが、動きは変えられなかった。平野裕也に声をかけて良いのだろうか。そんな迷いで頭が染まり、立ち尽くし続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る