2033年8月21日午前5時50分

 ワライズの生放送が始まる15分前、司会者の足立陽介と、急遽審査員の一人となったヘリコプターの運転手が到着した。運転手は恥ずかしがりながら、二つ返事で了解した。

 そして、放送10分前。足立陽介は、冒頭の挨拶をねっていた。ヘリコプターの中で考えていたことも、口に出さないと適切かどうかは分からないと考えていた。

「今回は諸事情により、対決内容を変更してお送りしています」

 あの災害に関することだ、真面目な方が良いような気がしていたが、どうも気持ち悪く

「おもんないな」

 と、ぼやく。それを見ていた伊藤未知雄が、

「いやいや、ただの説明ですから」

 とフォローするが、それでも性に合わない感じがした足立は、試行錯誤を続ける。

「色々ありすぎたので、対決内容変えます・・・うーん。昨日いろんなことがありすぎて出演者集めるとか無理ゲーだったので、適当に人をかき集めて放送します」

「おい!」

 あっているが、それはいくらなんでもぶっちゃけ過ぎだと、伊藤は思った。しかし、スタジオの影で吹き出してしまった細木拓人を見た足立が

「よし、これで行こう!」

 と威勢よく言った。伊藤は文句を言う気力をなくした。

 芸人チームは、スタジオで、雑談なのか戦略会議なのかよくわからない会話をしている横で、コメンテーターチームはみんなスマホを見ている。恐ろしいことに、指を下から上にスライドさせるか、横持ちをキープし続けるかの操作しか見られない。画面を規則性無くタップしたり、上下左右にスワイプしている人はひとりもいない。全員が震災についての情報を集め続けていたのだ。そして、突然

「あー?」

 ヤクザについて失礼なことをした人に対し、ガンを飛ばすヤクザのような声が上がった。それも、コメンテーター席のあちこちから。芸人もスタッフも誰もがそちらに注目する。髙橋正道が

「原発が爆発したぞこのバカが」

 と、キレた。感情の爆発は、他のコメンテーター陣にも連鎖する。

「ふざけんなですよ!」

「ほんとですよ!どうしてまたこんなことになったんですか!」

「あんなCM流して余裕ぶっこいていたくせに!」

「ほんとですよ、いま、日本中がキレていると思います」

「フクシマの方とか・・・本当に・・・辛いと、思う」

 ズカズカと議論の場に突入していく足立陽介。彼は

「これから番組やっちゅうのに、いま声をからしてどないするん」

 と言った。コメンテーター陣はじっと足立を見る。髙橋が文句を言おうとした時、芸人チームの大友伸二が、

「こんな状況で、こんな番組かあ、これ、意味ありますかね」

 とぼやいた。きれいな足立陽介が発動する。

「できるも何も、これしかでけへんやろ。・・・これしかでけへん。これが、なんやかんや好き。・・・だからやるんや。好きなようにやったほうが、死者にもありがたいに決まっとる」

 大友は静かに頷く。コメンテーターも耳を傾ける。ひとりを除いて。髙橋正道はさらなる罵声を挙げた。

「でも、今回の番組では、地震や原発の話はできないんだろ?それは好きにやってるってことなんか?俺らコメンテーターは、いや、芸人さんだってミュージシャンだって、みんな一言言いたいんじゃないのか?」

 伊藤は

「それは、社長の好きにしてるんです。まして、これは、みんなを笑わせるための番組です。そのコンセプトを壊すようなことはしないでください。これが、我々のやりたいことなんですから」

 と言い返す。髙橋は

「今回はバラエティーだから、てめえらの意見を呑むが・・・」

 と、折れてくれた。

「ニュース番組では、思う存分暴れるからな、好きにさせてもらうぞ。分かったか」

 という宣言を残して。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る